雨の季節。
気象の仕事についてから、この時期はとくに「雨具」にこだわるようになった。
まず、傘は大きいサイズで柄のしっかりしたものを愛用している。
アナウンサーを辞めた16年前、
天気の仕事をするのだからこれくらいの傘は持っとけよと
当時の職場でプレゼントしてくれた思い出の傘だ。
手入れといっても使ったあとに広げておく程度だが、丈夫で随分長持ちしている。
私は傘のさし方が下手なのか、この大きな愛用傘でも、
いつも靴や靴下、ズボンの下が濡れてしまうことが多い。
梅雨どきに大切なのは、この雨に濡れたときの対策だ。
東京の6月の最高気温は、20度を下回る日もあれば30度を軽く超える日もあり、
気温の変化が大きい。個人差はあるが、22度を下回る日はとくに注意が必要!
雨に濡れると、あっという間に体温を奪われ体が冷えてしまうのだ。
冷えは体力の急激な消耗へとつながり、体調不良や病気の引き金になる。
とくに足は冷えやすいので、下半身を濡らさないことがポイント。
私はいつも防水スプレーを常用している。これも雨具?
また、着替えの靴下と靴、ズボンをオフィスに置いている。
気温の高いときは、濡れても体のダメージは小さいが、
着替えがあると気分もすっきり快適だ。
ちなみに、たまのアウトドアレジャー用には、
少し値は張ったが、体温の調整がうまくできる通湿性の素材を使ったレインウェアを
車に積んでいる。安価な体を覆うだけのレインコートでも、ないよりはいいが、
使用中の快適さは思った以上に差があるので、ぜひお試しを。
投稿者 高塚哲広
日の落ちるのが、随分遅くなったと思いませんか。
冬至の頃に比べると、20分近ほど日没が遅くなっただけですが、
夕方の風景がまったく違って見えます。
先日夕方5時に西の空を撮った写真です。
夕暮れのオレンジ色の空に漂う黒い雲が見えます。
これはあすの天気を悪くするようなものではありません。
夕暮れ層積雲といって、昼間できた積雲の成れの果てです。
日中できた積雲(綿雲)が、気温が下がり対流が収まってきたためにつぶれてできた雲です。
幻想的な夕暮れの空は、季節がまた春に向かって歩み始めたことを感じさせてくれます。
太陽は少しずつ確実に力強さを増して、風は冷たく真冬の空気でも、
日なたを歩いていると、目を開けていられないほどのまばゆさと降り注ぐ白い光が
妙に新鮮な気分にさせてくれます。
寒いと一日中部屋の中にいたり、
仕事でビルから出られなかったりすることも多いのですが、
こうした光の強まりを感じることは、心や体の健康を保つのに
とてもプラスに作用しているように思います。
先日丸一日降った雨のあと、夜道を歩いていると、
どこからともなく土のにおいがしました。
冬のきりっとした清涼さとは違うそのにおいには、どこかやわらかさが感じられました。
これも厳冬で見つけた小さな春の訪れなのかもしれません。

【東京日没の空】 【刻々と変化】
投稿者 高塚哲広
プーンという羽音がどこからともなく聞こえてくる。
目を凝らすと、見つけた。私の腕で、そいつは今まさに血を吸おうとするところであった。
私の血はよほどおいしいのか、子供のころからよく蚊にくわれる。
猛暑の年、神社の茂みなどからヤブ蚊がいっせいに消えたというニュースが話題になった。
あまりの暑さに蚊もダウンしてしまったのだろうか。
調べてみると、蚊の出没と気温には明瞭な関係があった。
蚊の活動が最も活発になる気温ゾーンは意外にも低く、20度から23度くらいなのだ。
これ以上高い気温になると、蚊は仮死状態となり、じっとしたまま動けなくなってしまう。
だから、真夏の太陽の下で蚊に出くわすことはほとんどない。
蚊にくわれるのは、気温が下がる夕方ごろか、竹やぶや茂みの中など
昼間でも気温の低い所が多い。日中35度前後にもなれば、
竹やぶの中ですら高い気温だったのだ。
北海道で9月に行われたプロゴルフのトーナメントで、
蚊が大量に発生してプロたちを悩ませたことがあった。
夏になりきれない6月と、少し涼しくなる9月は、
蚊にとって絶好の活動時期なのである。
投稿者 高塚哲広
早春は光あふれる世界だ。いまごろの日差しを柔らかいと形容することも多いが、
柔らかく感じさせるのは気温がまだ低いからで、真冬と比べると圧倒的な力強さで、
街の風景を明るく描き出す。
私の友人は、逆光でキラキラ輝く海をこよなく愛し、自分のマンションから見える春の海のすばらしさを
自慢げに話してくれる。ベランダに出て、光に包まれるような感じでボーッとしていると、時のたつのも
忘れ、ストレスがうそのように抜け落ちていくという。なんともうらやましい話だ。
昼と夜の繰り返しの中で暮らしてきた地球の生物に、光は大きな影響を与えている。
人間の場合も、光を浴びなければいけない季節に光の量が足りないと、体調不良を引き起こすことが
多い。これには「季節性感情障害」という立派な病名までついている。
何をするのも億劫だとか、やる気が出ない、昼間でもやたら眠いといった症状に覚えのある人は
要注意だ。紫外線が気になる現代社会で、日光浴という言葉は死語になりつつあるが、
今頃の季節の適度な日光浴は、冬の光不足を補う絶好のチャンスとなる。まだ寒いからと
家の中に閉じこもってないで、積極的に外へ出かけることをおすすめしたい。
私は花粉症がひどいので、天気のいい日はなるべく窓越しに早春の光をいっぱい浴びるようにしている。少しでも「春の気持ちよさ」を味わおうではないか。

投稿者 高塚哲広
電気ごたつを出した。スイッチを入れると、足元にぬくもりが広がるのと同時に、どこかなつかしいこたつ特有のにおいがする。
車のヒーターも同じだ。エンジンが暖まると、車内にヒーター特有のにおいが広がる。石油ストーブの
石油臭さもなつかしい冬の記憶を呼び覚ます。
満員電車の中では、長い間しまってあったセーターやコートのにおいがする。窓から差し込む柔らかい
日差しが、そのにおいをさらに強めているようだ。
枯れ葉を巻き上げる冷たい風には、どこか病院の消毒液のような清潔感を感じさせるにおいがある。鼻を
刺激するこのにおいが、なぜか心地よい。
ひだまりでは、包み込まれるような太陽のにおいがした、暖かい季節には感じなかった太陽の恵みの
においなのかもしれない。街には、冬のにおいがあふれている。
投稿者 高塚哲広
今年は厳しい残暑が続き、秋らしさが感じられない。
秋のさわやかさをもたらす大陸育ちの高気圧がなかなか
やってこないからだ。この高気圧の乾いた空気が入ってくる
と、空にも秋らしさを感じる雲が見られるようになる。
巻雲と呼ばれる刷毛で描いたような細い筋状の雲や巻積雲と
呼ばれるうろこ状の雲だ。上空の強い西風であるジェット気流
に伴い現れることが多く、本州付近にジェット気流が南下して
くる秋は、まさに巻雲や巻積雲の季節といえる。
上空5000メートル以上の高い所にできるため、秋の空をより
高く見せる演出役でもある。
これとは対照的なのが、南の海洋育ちの夏の高気圧に覆われているときの夏の雲である。
もくもくと縦に成長するいわゆる入道雲がその代表選手で、
ふわりと浮かんでいるいわゆる綿雲もこの一種。
今年の9月の空は、まだこの積雲系の雲が多く、空の表情は
まだ夏だ。
そんな暑い最中に見かけた券雲やその仲間の雲の写真で、
少しでも秋の気配を感じていただければと思う。実は夏でも
大気の状態が不安定なとき、入道雲が発達すると強い上昇
気流が雲の頂から水平方向に流れ出し、巻雲ができるのだ。
また台風の中心付近の上空から吹き出した気流が券雲を作り、台風接近の前触れとして現れることも。
夏に現れた秋雲。暑いけど、少しだけ気分はさわやかだった。
投稿者 高塚哲広
幼稚園の子供たちに雨の絵を描いてもらったことがある。
子供の目に、雨はどんな風に映っているのだろうか。
30人の子供たちの中で一番多かったのは、先の尖ったしずく型の雨で、次はただの線に見える
雨だった。
大人に雨の絵を描いてもらっても、ほとんどの人が、子供たちと同じしずく型の雨粒を並べる。
小さいときから、雨のイメージといえば、ずっとしずく型のままなのだ。
ところが、実際の雨粒は、しずく型ではなく、あんパンの形をしている。
もともとまん丸の雨粒は、落ちてくるあいだに空気の抵抗を受けるため、下側がひしゃげてくぼんだような形になるのだ。だから空に水色のあんパンが無数に浮かんでいるような絵が、最も忠実に雨を表現していることになる。今までに、こんな雨の絵を見た人はいないだろう。
では、大粒の雨ってどんな雨だろうか。
夏の夕立は直径1㎝くらいありそうだが、これもまた空気の抵抗で大きな雨粒はすぐに分裂してしまい、せいぜい5㎜程度が限界となる。
梅雨空が続き、こんなに身近な雨なのに、雨に対する誤解は意外に多い。
投稿者 高塚哲広
緑の表情が毎日のように変化して、街を歩くのが楽しい季節になった。
初夏の日差しを浴びて、つややかに輝く新緑は、目に飛び込んでくるだけでも気持ちいいが、独特の緑の香りを撒き散らし、からだの細胞の一つ一つがリフレッシュされるかのようだ。
この特有の香りの正体は「フィトンチッド」と呼ばれる物質で、殺菌や清浄化作用があり、人間や生物に対して、有効に働くようだ。
街路樹や公園の緑だってこんなに香るのだから、野山や森に出かければ、さらに効果がある。
「森林浴」というとおおげさだから、天気のいい休みの日には、近隣の緑を散策してみよう。
どんな癒し系の音楽よりもからだの休まる気がする。
緑の風には、どこかクールな清涼感もあるが、これは、葉からさかんに水分が蒸発することにより、
周囲から熱を奪う蒸散作用のためだ。木々の生い茂った公園や森の中は、実際に気温を測ってみると、周囲より2度から3度も低い。
先日オープンした話題の東京ミッドタウンは、街を緑で彩り、
周囲には広大な緑のオープンスペースが設けられた。コンクリートで固められた都市部のヒートアイランド現象を少しでも
緩和しようという試みだ。
こうした環境に配慮した都市計画がうまく機能すれば、東京の街中にも涼やかな緑風が吹き抜ける日がくるかもしれない。
投稿者 高塚哲広
毎年今頃になると、吹く風がどことなく心地よく感じられる日がある。
家の近くにある常緑樹の葉が、さわさわと擦れあい音を立てる。ところが、今年はそれがない。
気温が高い日が多いために、春になったという実感がほとんどないのだ。これほど季節感に乏しい春は初めての経験である。
先週も、スタッフから「日の出が早くなり朝が明るくなりましたよね」と言われて、そういえばそうだねと
いった具合。春になると、まず昼の時間が少しずつ長くなり、遅れて気温が上がり始める。今年はずっと暖かいから、光の伸びの感じ方も希薄なのだろうか。
2月の休日、水戸の偕楽園に出かけたが、梅の花もいつもより早く二分咲きだった。
途中、高速道沿いにずらりと並んだ杉林は、茶色に染まっていた。梅の花の頃は、花粉症の症状も
序の口のはずが、今年は2月初めから毎日完全防御の日々が続いている。
翌週、東京の湯島天神にも出かけたが、梅の花の香りもマスク越しでパッとしなかった。

偕楽園の梅 湯島天神の梅
中国の暦である二十四節気は、一年を15日ごとの「気」と、さらに5日ごとの「候」に分けた暦である。
つまり、季節感というのは5日ごとに変わるというものだが、毎週土日に天気予報番組を担当している
私にとって、この季節感の捉え方は実に鋭いと思っていた。毎週何かしら一週間前と違う季節感の
発見があったのだが、今年になってからは、それもうつろである。
ソメイヨシノの開花も早まりそうだが、桜と聞いてもときめきが感じられないのは私だけだろうか。
投稿者 高塚哲広
一年のうちでもっとも日の出の時刻が気になるのは、元日である。今年も初日の出の瞬間に大きな期待を寄せた人も多いことだろう。
ところが、ふだんの生活の中で、日の出や日没を気にしている人はほとんどいない。
冬至を過ぎて、太陽の光は順調に強さを増し、昼の長さも少しずつ長くなっているのだが、そのわずかな変化に気づいている人は、おそらくほとんどいないだろう。
人間は人工的に光を作り出し、夜でも昼とほとんど変わらない生活を手に入れた。地球の夜を
宇宙から写した写真を見たことがあるが、日本は世界の中でももっとも明るく輝き、光の洪水のように
見えた。アフリカの夜も明るく輝いていた。それは森林を焼いている焼き畑農業の光だった。
光は、地球上に暮らすさまざまな生物に多大な影響を与えている。
動物たちは、光を浴びる長さがだんだん長くなると、季節が春に向かっていることを知る。
人間のからだの中にもこうしたメカニズムがあり、季節の変化を光のわずかな伸長で感じることが
できるはずだが、人工的な光のはんらんは、人間のこうした季節感を感じる能力を確実に鈍らせて
しまったようだ。
冬晴れの日、太陽のまぶしさを感じることがある。
このあと1月下旬がもっとも寒いころだが、太陽は少しずつ高さを増し、私たちに春が近いことを
教えているのだ。
投稿者 高塚哲広
いわし雲を見ると、食欲がわくといった友人がいる。
秋の真っ青な青空も良いが、きょうのように白い雲が規則正しく並ぶ空も、また良い。
祭りの季節を迎え、私の母が栗ご飯を作ってくれた。口の中に広がるほんわかとした栗の甘さは、秋を感じるには十分だ。近所のケーキ屋にも、タイミングを計ったかのように、普段はないマロンのロールケーキが登場した。
実りの秋は、食欲の秋でもあり、いろいろ食べたいものが多くて困ってしまう。この季節に食欲が増すのは、日中の気温が20度前後と、1年のうちで最も快適なことも影響しているが、最大の理由は、「冬に備える」という人間の動物としての本能にあるようだ。今のうちに栄養を十分摂り、本来食物がなくなる冬を乗り切ろうという本能だ。人間も大昔には冬眠していたという説もある。
クマなどの冬眠する動物は今、冬に備えて必死に脂肪をため込んでいる。
私も脂肪をため込んでいる気はないが、このからだの丸みを取るためには、毎日の筋トレが欠かせない季節の到来である。

投稿者 高塚哲広
夏の記憶といえば、青い空にもくもくとわき立つ入道雲と麦わら帽子だ。
子供のころ、ツバの広い麦わら帽子をいつもかぶっていたのを思い出す。
麦わらのにおいが夏の強い日差しのにおいと混じりあい、郷愁をさそう。そして、何よりも涼しい。
ツバは子供の肩幅より広く、日よけ効果は抜群だった。突然の夕立にも、傘代わりになってくれた。
今は、子供向けのツバの小さなかわいいデザインものは見かけても、大人が使う麦わら帽子は
なかなか見つからない。
機能的で日本の夏にぴったりの麦わらを何とか復活させたいと、いつも屋外で放送していた天気予報
番組で麦わらをかぶってみたことがあった。少し太りかけていた体と童顔の麦わら姿は、妙にはまった
ようで、これがうけた。
ただ、かぶるだけでは芸がないので、最高気温が30度に達した真夏日だけ、かぶることにした。
今から11年前の1995年の東京は記録的な猛暑だった。私が麦わら帽子をかぶったのは、連続37日
にも及んだ。真夏日が途切れた日、麦わらを空に放り投げたのをなつかしく思いだす。
先日、台風7号が近づく前日、東京都内で空の写真を撮った。
入道雲の隣に、上空の薄雲が同居している。台風の中心には、周りから猛烈な勢いで空気が巻き込まれる。集まった高温多湿な空気こそ、台風のエネルギー源なのだが、この高温の空気、台風の一番上から今度は周囲に向かって吐き出されているのをご存知だろうか。東京上空で見えた雲の正体は、この台風から吹き出した風が作った雲なのだ。
今年の東京は、台風の影響だけではなく、もう秋が通ったかのように刷毛で描いたような薄雲の漂う日もあり、生まれて48回目の夏の記憶は、中途半端なものになりそうだ。

投稿者 高塚哲広
推理小説好きの私は、いろいろな作家の作品をなかば乱読ぎみに読みあさっているが、おもしろいのは、殺人事件に天気の描写はつきものということだ。最もよく出てくるのは、雨の描写である。霧雨のように細かい雨から、すぐずぶぬれになるような大粒の雨まで、さまざまな雨が現場には降る。雨の降り方そのものが、事件の本質を物語っているかのようだ。雨は、季節によってもいろいろな表情を見せる。蒸し暑い梅雨に降る雨は、読んでいるだけでも重苦しく、からだにまとわりついてくる。今にも雪に変わりそうな雨は、物語の進行に合わせて、からだも凍りつきそうだ。雨と季節を絡めた巧みな描写を読むとき、作家たちの天気に対する観察力の鋭さには、ただただ感服するのみである。
今年は梅雨前から雨の日が多かったが、6月のスタートは晴れた所が多かった。その季節感を推理小説家風に書いてみよう。
「天気予報の通り、ようやくからっと晴れた。街路樹の緑が、ずいぶん濃くなって、歩道に濃い影を落としている。脇の草むらも青々と生い茂り、きのうまでの雨が、いつもの景色を一変させたかのようだ。久しぶりに犬の散歩をさせていた少年が、その草むらに、人形のようなものがあると近くの交番に知らせてきたのは、今から2時間ほど前だった。・・・」
お粗末でした。
![]() |
![]() |
| こんな雨はいやだな・・・ | 突然の雷雨の裏側にもドラマがあるかも・・・原宿駅 |
投稿者 高塚哲広
![]() |
![]() |
| 【模範的なスカイブルー】 | 【春らしく白っぽい青空】 |
投稿者 高塚哲広
![]() 【ジャケットは少しシミもありますが・・・】 |
![]() 【ピカピカの黒を取り戻しました!】 |
投稿者 高塚哲広
|
![]() |
|
誰もが、天気と関係あるのかなと思うにちがいないが、天気で飯を食っている私としては、大いに血が騒ぎ、すぐさま調べてみた。「雨晴」は、富山県の北西部、高岡市太田にある地名で、雨晴海岸は、岩礁や白い砂浜、松林がつづく景勝地として、富山県内有数の観光スポットだった。海岸からは、富山湾をはさんで、標高3000メートル級の雄大な北アルプス立山連峰をのぞむことができ、いろいろなホームページで拝見させていただいた四季折々の雨晴海岸の風情は、形容しがたいほどの美しさだった。 |
|

投稿者 高塚哲広
|
| 【ただいま体感温度研究中!】 |
|
| 【彼がチャレンジャーです。社内では上着を脱ぎ捨て一服!】 |
投稿者 高塚哲広