きのう25日は「中秋の名月」でした。木原さんのお天気コーナーで、どんな様子か生の映像を放送したのですが。これがそのときの名月。スタジオの中で、モニターを通じてまんまるの月が目に入ったとき、ひとつの歌が浮かびました。「秋風に たなびく雲の絶え間より もれいずる月の かげのさやけさ」…どうでしょう。まさにそのまま、ではないでしょうか。画面の左から右に向けて、もやっとした雲の影が流れていきます。すると、いにしえの人々が「餅をつく兎」と見立てた月面の文様がくっきりと、冴え冴えと画面に拡がりました。
月の時期というと、昨今は「ハンバーガー」のCMで「そうそう、そういう時期だ」と思い出したりする私。自然の風情や情緒とは程遠い想起のしかたとしか言いようがありません。当然、自宅でも「月見団子」や「すすき」などは用意しておりません。皆さまのお宅ではいかがでしょうか。
昨晩は、仕事のあと会合に向かう際にタクシーに乗ったのですが、その運転手さんが「庭月野(にわつきの)」さん。まさに中秋の名月にふさわしい苗字です。鹿児島に同じ名の集落があるそうで、そこは全世帯が「庭月野」姓とのこと。風雅な響きと字面ですが、平家の落人がその祖と聞くと何か重い物語もあるのかなと思います。
この時期はまだ夏の名残も残っていて、月を見るという行為にそれほどの寂寥は感じないのですが、これからは秋の寂しさが増してきます。「月見れば 千々にものこそ悲しけれ 我が身ひとつの秋にはあらねど」という歌など、その境地がストレートに表現されていますからね。いずれにせよ、心を鎮めて眺める月の時季。皆さまその影になにを想いますか。
投稿者 近野宏明
世の中はまたも3連休。朝の電車は櫛の刃がこぼれるように、長い椅子のところどころに空席が目立ち、涼しい気温と相俟って快適な通勤でした。いっぽうで幹線道路は連日渋滞。朝から晩まで行楽地方面への道は混んでいたようです。お休みに早起きして出かけた皆さんは今ごろお昼タイムでしょうか。
そんな休日にも打ってつけ、かもしれない美味をご紹介します。コロッケパンです。とはいえ、このコロッケパンは出来上がった状態で販売しているワケではありません。始まりは先週の晴れた昼休み。報道局の大先輩(スポーツニュース担当)とエレベーターに乗り合わせ「お昼ごはんはどうされるんですか?」と訊ねたのです。すると。日本テレビから数分歩いた所にある精肉店へ行くとのこと。その店頭に、目指すモノがあるというのです。長年プロレス中継に携わってきた彼の目が、一瞬ピカッと光りました。その目は、あたかも新進の選手に「タッグを組まないかと」無言で誘うベテランレスラーのような(そんなシーンを見たことはないですが)不敵な自信に満ちあふれていました。
…で、「組みます組みます」とばかりタッグを組んでその小さな精肉店に向かうと、実に香しい匂いが近辺に漂っています。店頭から見えるで揚げ場では、ご夫婦が次々と油に丸々としたタネを泳がせています。 そしてきつね色になった頃合いで油のプールサイドに上がった(揚がった?)コロッケやメンチカツはデカい!安い!のです。揚げたてのコロッケをたんと買いこんでソースをかけてもらったら、報道フロアに戻ります。すると大先輩の席の近くでは、すでに大量の食パンとマーガリンがスタンバイされておりました。懐かしい味のマーガリンを塗り塗りして、アツアツ、フワフワのコロッケをちょっとだけギュウっとつぶすように挟みます。そして…ガブッ…!!!!!(言葉にならず)。「大先輩についていってよかった!」としみじみ思いました。パンに挟んでいないほう、もう一つのきつね色は、メンチカツ。こちらはタマネギが若干粗めのみじん切りで、食感がじつに絶妙な感じです。しかもいまどき「良心的」というのも陳腐に聞こえるボリュームと安さ。感涙ものでした。いずれも、「あれは美味かった!」と喉の奥から思い出すような味と言えましょう。とにかくこういう素朴な味の旨さは、絶対に間違いがありません。凝りに凝った手順や味付けをしているわけではない。基本に忠実なつくりです。
秋の連休、家族揃ってお出かけする方は多いと思います。昨今は観光地やサービスエリアの飲食店のレベルがどんどん上がっているほか、コンビニやファミレスの増加によって、お母さんの負担をかけずに「ハズレのない」食事が手軽に楽しめるようになりました。でも。たまには素朴な味のコロッケパン、どうでしょう?遠方に出かけなくても、近所の河原でも公園でもいいんです。「あのときはみんなでお母さんの揚げたコロッケを挟んで食べたななあ」と思い出すこと請け合いです。そんな空想を膨らませる、コロッケパン。サクサクの衣の中に詰められるのは、何もジャガイモや挽肉だけではありません。あらかじめ思い出をも包み込めるような気がしたのです。
投稿者 近野宏明
結局デザートが好きなんですね。私は。本コラム(#200)でも書いたばかりですが、もう一度。3連休に免じて書かせて下され。
先回「あんまりにも冷たすぎるのもどうかというワガママな私であります。つまり、『かき氷』みたいなレベルに至るとどうかと。『冷たすぎ』『さっぱりしすぎ』で味がよくわからないのはいまひとつ食指を動かされません」と言い切った私。しかしその後かき氷を食べました。まさに舌の根も乾かぬうちに。それがこの宇治金時かき氷です。
このかき氷のポイントは、頂点に覆い被さる抹茶ソフトクリーム、でしょう。このソフトクリームが有ると無しでは大違いです。前言における「冷たすぎ」「さっぱりしすぎ」を中和するマイルドな味わいと舌触り。まさに「ソフト」クリームの面目躍如、いい仕事をしています。…どう聞いても「かき氷レベルはどうか」という発言を翻す言い訳にしか聞こえないかもしれませんが。しかし事実抹茶ソフトの役割は大きい。タカ派のグループがそのイメージを中和するためにハト派のリーダーを戴く、みたいな感じかもしれません。とはいえかき氷の場合は全体の構造が見えているので、キンキンと頭に響く氷部分を食べるに至っても、ソフトクリームをちょっと残しておけば大丈夫(…ってなにが大丈夫なんだか)。濃い抹茶がボリュームある全体に隈無く浸透し、満足のひと盛でありました。

そしてもうひとつ。ごま風味のシフォンであります。これまた美味しかった。もはや和のテイストというのはどのお菓子にも馴染んでいますね。とりわけごまは相性が良いようであります。このシフォンはごまのせいか、口当たりが少々パサッとした感じではありますが、それを補うやわらかなホイップ、そしてメロンとイチジク。このフルーツが有るか無いかは大きなポイントでしょう。果物好きにはたまりません。季節が変わるとこの添えものも変わるそうで。楽しみです。
こうして、食欲の秋を待たずに私のデザートライフは充実していくわけです。週末にちょっと泳ぐぐらいでは消化しきれないのは、間違いありません。
投稿者 近野宏明
先週、社会部の後輩である女性記者から「近野さん、この本よかったら読んでみてください。歴史がお好きですからと思って」と渡された分厚い本。週末にページを開けるとあっという間に読み終えました。著者はこの女性記者のお母さん。篆刻の名家に生まれたひとりの中国人女性が半生を振り返った内容を「聞き書き」でまとめたもの。人生の無常についても考えさせられる1冊です。
・丁如霞・著、和多田進・聞き書き 『丁家の人びと』 (バジリコ)
著者は高名な篆刻家、丁仁の孫。丁仁は、20世紀の初めに杭州に設立された「西冷印社」の設立メンバーである知識人であり、文人たちのリーダー格であった。その財を惜しげなく古今の書籍や篆刻の収集に注ぎ、その遺産は現在では貴重な文化財となっている。
丁家は丁仁より前の世代から、いわゆる経済的にも安定した知識人の家系。歴史の波はその丁家の人びとに次々と襲いかかる。日本との戦争、国民党と共産党の激しい争い。戦争が終わり、共産党が中華人民共和国を成立させるに至り、一族の経済的な状況は零落の一途をたどる。
その後も寄せては返す試練。新体制への転換、文化大革命、天安門事件…。著者の一家は「裕福な知識層」という、共産主義においては「悪い出身成分」とされる。共産党政権下で富を剥がされてゆく一族。自らの思想や経歴を懸念して香港へ脱出する父。残る母親は貧しさのなか子どもたちを必死に育てていく。一族の中には辺境の地へ流される者も現れる。人生のすべてが為政者によって決められてしまう社会。後年著者が振り返ってただ一度きり抱いたという「夢」は、思いもかけぬ形で破れてしまう。そして半世紀、日本に渡った著者の人生は…。
とにかく、一人の女性とその先祖を軸にした回想は、波瀾万丈。とりわけ、戦後に起きた波瀾は、私たち日本で一般的に体験するレベルとは桁違いであろう。もちろん、著者以上の艱難と奮闘を体験した人も多いであろうことも容易に伺える。民衆の視点からみた中国現代史。本書では著者の語りと交互に、時代背景の解説が引用・転載されていて、マクロとミクロが有機的に絡み合う構成は、読む者を引きつけてゆく。
「飛鴻雪泥を踏む」という言葉がある。空をゆく鴻が地上の雪に付ける足跡は程なく消えてしまう=ひとの人生はときが経てばかき消されてしまうような、はかないものだ、という意味だ。しかし波瀾の時代に雲散してしまいかねない著者の人生は、たしかにこの一冊に凝縮されたといえる。飛鴻の足跡もくっきりと次の世代や国境を越えてうけつがれるのだ。そう、丁家のルーツは篆刻家である。私の読後感は幾星霜を越えて我々が目にしている篆刻の刻銘のように、深く味わいのあるものとなった。
…ところで私にこの本をプレゼントしてくれた記者(私と一緒に写真におさまっています)は、誰もが認める俊英です。特ダネ、スクープ連発。私など足元にも及ばない優秀な記者として知られています。才気煥発であるのはもちろん、バイタリティあふれるチャーミングな人柄の持ち主。本書の終盤では彼女も登場し、利発な少女時代のエピソードが母の目を通して語られています。彼女の「いま」があるのにはお母様の影響というものも大きいのだなと感じ入りました。
投稿者 近野宏明
日本随一の平野、関東平野に位置する首都・東京。今を去ること16年前に上京した私は、この街の坂の多さに驚きました。しかし。それら一つ一つの坂にはそれぞれの歴史と味わいがあるのです。坂道の権威(日本坂道学会副会長。しかし会員は会長と副会長の2名のみ)、タモリさんがその魅力をググーっと凝縮してまとめた1冊です。
・タモリ『タモリのTOKYO坂道美学入門』(講談社)
タモリさんの前書きの書き出しは「東京に初めて来て感じたのは、なんと坂の多い所だということだった」。まったくその通りです。私の故郷は新潟県新津市(現在は新潟市秋葉区)。街の南には緩い丘陵があって、その丘の上に私の通った高校があるのですが、それ以外は一面の田んぼ。商店街のある市街地も平坦で、坂道はありません。ところが東京はというと、至る所にアップダウン。天気の好い日、ちょっと気が向いて練馬区内のアパートから自転車で早稲田に向かうことがありました。そんなとき、東京の地形がつぶさに分かりました。ペダルの重さでわかる山や谷。電車ではそこまではわかりません。その後、「これはちょっとないだろう」というたいへん急な坂の上にあるマンションにも住んだことがあります。いわゆる目白台の台地でしたが、通勤や買い物など、坂の下に降りる必要があまり無い立地だったのが幸いでした。
目白台付近もそうですが、とりわけ山手線の円内は坂道の宝庫。入り組んだ台地と谷、そのはざま。旧い東京の街は故在る坂道が多いのです。本書では、それぞれの坂ごとに、タモリさんの撮った写真、その坂を中心とした名所旧跡の散歩ガイド、喫茶店や博物館、名物を売る店などの「お立ち寄りSPOT」で構成されています。一読すればその坂道の歴史がわかり、散策したような気分になれること請け合い。説明文に記される、タモリさんの思い出話や蘊蓄も楽しいばかり。さらには坂道ごとに「勾配(がきつい)」「湾曲(が大きい)」「江戸情緒(が漂う)」「(名前の)由来(がある)」という評価ポイントも、★5つを満点として示されています。この基準、タモリさん独自の「よい坂」の条件なんですね。しかしタモリさんが過去に坂道の魅力や鑑賞ポイントの話をした際に「興味を持ってくれたのは、たった一人だけだった」そうです。私に話してくだされば…。他にも「鉄道」とか「地図」とかの話でも盛り上がったはずなのに。
東京初心者には、江戸時代以来の街の歴史を繙いてくれる良きガイド。そして東京生まれの東京育ちの方にも、「馴染みのない街」への散策の友として。地図の好きなあなた(私がそうです)や街並みの好きなあなた(これも私のことです)にもぜひ。そうそう、収録されている坂道の写真というのも、ほんといいんです。その坂の特徴を踏まえた構図と明るさ。私の以前住んでいた街の坂の写真など、「そうそう、この感じ、このアングル」と思いました。オールカラーで紙質もよいのでおトクです。
投稿者 近野宏明
台風9号が去って、週末も関東地方など各地で大きなつめあとが残りました。山あいの温泉地では道路が寸断されて宿泊客らが孤立。波打つ道路や崩れた斜面が、復旧までの時間がかかることを物語っています。
写真は、「リアルタイム」のデスクが土曜日の朝に撮影した多摩川の河川敷です。普段は水に覆われるはずのない中州や岸に、たくさんの流木などがひっかかっています。泥まじりの流れに乗ってきたので、多くは白く乾いた泥が付着しています。大田区の多摩川沿いに住む別の後輩の話では、「台風の日は堤防の端から端まで水に満たされ、さすがに肝を冷やした」とのこと。そういう尋常でない泥水の中に、さまざまなものが混じっていたのでしょう。写真を撮影したデスクの見たところでは、木の根っことペットボトルが圧倒的に多いそうです。ペットボトル…自然のなかでは土に還らない素材が大量に東京湾まで流れたことでしょう。
さて。私も同じ日にたまたま所用があり、二子玉川まででかけました。その足で川の様子を見てきました。こちらは私の撮った写真です。当然水量はだいぶ減っていて、コンクリートの護岸にはカップルなどがくつろいでいます。しかし河川敷のかなり外側の部分まで、ところどころ乾ききらない水で足元がぬかるみに。そして水位のわりに流れが速いのが明らかでした。まだ水は青みが戻っておらず、濁った土の色です。対岸ではバーベキューや釣りを愉しむグループの姿も見えましたが、水に落ちたりしないといいのだけれど、と思いました。
ところが。懸念していたことは日曜日に起きました。現場は少し上流にあたる、川崎市多摩区付近の多摩川。釣りのために乗っていたボートが流され、岸に泳いで戻ろうと飛び込んだ大学生が流されました。いまも行方不明です。多量の雨が降ったあとは、急激な水位の上昇後、水が引いていきますが、流れの速さは意外に長時間続くようです。
意外と知られていませんが、東京では梅雨時の6月よりも台風&秋雨の9月のほうが、降水量は多いのです。まだまだ気の抜けない時期が続きます。今月は3連休が2回控えています。水辺での行楽にはくれぐれもご注意を。
投稿者 近野宏明
台風9号が首都圏を直撃しました。小田原市付近に上陸した台風は、ゆっくりと北上中。現在(11時)福島県付近を進んでいます。
私は午前中に台風特番を行う場合に備えて、きのうは帰宅せずに会社近くで休みました。風雨が一晩中つづいて被害が心配されましたが、やはり相当の人的・物的被害が出ています。とくに風よりも雨のほうが影響大きく、河川の増水によって肝を冷やした方が多かったと思います。早朝から多摩川などでは、増水した中州などに取り残された人の救助活動が行われました。昨今は水害のたびにこうした救助が行われます。河川敷に住む人が少なくないことも改めて痛感させられます。
雨によって、大規模河川を渡る鉄橋などが行き来できなくなって、通勤にも影響が出ました。昨晩は深夜に入る前に運転を見合わせた路線もかなりあったので、帰宅も出勤もままならぬ方も多かったと思います。地下街や住宅の地下室などのいわゆる都市型水害の人的被害は今のところ無いようですが、停電など日常生活にかかわる影響も甚大です。
お昼のニュースで各地からの中継を見ると、東北地方に進んだ今もなお、風雨が弱まったようには見受けられません。秋の収穫を控えた果実農家などは、きのうあたりから対応におおわらわと推察します。被害が大きくならないことを祈るばかりです。台風は近づいてくると急に雨や風が強まる場合があり、対応が遅れると被害が膨らみます。台風が去った地域では、落ち着き次第「次の台風」に備えて頂きたいと思います。
投稿者 近野宏明
伊勢丹の新宿本店。「ファッションの伊勢丹」が先鞭を付けたメンズ館の最上階がリニューアルしました。その名も「イセタン メンズレジデンス」。事件事故以外では久々に取材に出かけてきました(9月5日放送)。
バイヤーさんと一緒にフロアを巡ったのですが、キーワードは「上質」「ゆとり」「こだわり」。可処分所得の大きい、富裕層の男性をターゲットにしているだけあって、陳列している商品は「高級」または「超高級」です。ライブラリー(書斎)をイメージしたゾーンでは、ドイツの高級カメラ「ライカ」や、イギリス王室御用達のオーディオ「リン」の品々が、博物館のようなガラスケースに収められています。文房具のコーナーも同様。ペンが空中を浮遊するかのように、明るい壁面ガラスケースにずらりと並んでいました。ひとつひとつが「上質」です。
オーディオは1セット700万円!というビックリ価格ですが、「その価値があるのか?」と思うのが人の常。そんなお客様のために「試聴室」もあるんですねー。その中で我が家にもあるCDを聴いてみたら、確かに今まで聞こえなかった音がクリアに耳にしみ込みます。まあそんなお値段のオーディオも、どういう器(=部屋)に置かれるか、という問題が残りますが…。きっとお買いあげになる方のお宅には、地下あたりに「こだわり部屋」があるのでしょう。
デイスパは最新鋭のマシンを導入した個室が並び、デパートの中とは思えぬ空間。30分、50分のコースから設定されているので、奥さまや恋人の買い物を待つ間、ここで至福のときを過ごす…という使い方も可能。ただあくまでも「疲れ切ったサラリーマン」の癒やしの場、という感じではありません。おとなの「ゆとり」を持ちつつこの扉をくぐる…という風情です。生活に「ゆとり」があって、スパやエステに興味もあったけれど、ちょっと遠慮しちゃうなあ、という「尻込み男性」にとっては、デパートの中という立地が敷居を低くしてくれそう。こだわりの素材とインテリアでもてなすカフェも同様です。
…と、「上質」が横溢したフロア。低迷するデパート業界でも気を吐く伊勢丹が「さらに勝つ」という決意のもとにオープンしただけあって、気合十分。きっと狙った顧客層はがっちりつかむことでしょう。それにしても、それだけの「ゆとり」ある層が、少なからずいるのだなあということに、改めて驚かされます。ハイエンドかディスカウントか。二極化する消費の一端をみた思いでスタジオに戻りました。
投稿者 近野宏明
広島東洋カープの前田智徳選手が2000本安打を達成しました。地元広島市民球場で行われた週末の試合。満場のファンの眼前での偉業達成です。ここだけの話ですが、私は幼い頃から広島のファンでした。日本テレビの入社試験では、役員面接で当時の役員に「たまにはジャイアンツも応援してくれよな!」と明るく言われ、ホッとすると同時に「あ、懐がけっこう大きな会社なんだ」と思った記憶があります。(入社後、巨人以外のチームの熱烈なファンが結構いることが判明。それほど特別なことではないようです。まぁ「それはそれ」ということですね)。
広島には昔から、際だって目立つことはないけれども職人肌のいい選手が在籍するようです。盗塁王の高橋慶彦、渋い2番打者の正田、その系譜に連なる、打って走って守れる巧打者が前田選手です。加えて、練習が大好きという点も前田選手の特筆すべき点。究極のバッティングを目指して日々鍛錬に励む姿は、求道者のそれに見えると、様々な記事に書かれてきました。その打撃センスを称して「天才」という評論家・選手は非常に多いのですが、その基盤の上に、練習に次ぐ練習が築き上げた部分も大きいと推察します。
しかし右足のアキレス腱断裂、左足のアキレス腱の手術と、決して順風とは言い難い選手生活。己に打ち克って積み上げてきたヒットが2000本。日常生活にすら支障をきたしていたというひと頃の状況を考えると、ファンならずとも賞賛せずにはいられない偉業です。ぜひこの文を読み終わったら、前田選手に関する記事をネットで一通り見てみてください。たいへんな人物ですから。
投稿者 近野宏明