70年前(昭和12年)のきょう、その後の日本社会に立ちこめる暗雲を決定づけることがらが、閣議決定されました。「国民精神総動員実施要項」です。
「挙国一致 堅忍不抜ノ精神ヲ以テ 現下ノ時局ニ対処スルト共ニ 今後持続スベキ時艱ヲ克服シテ 愈々皇運ヲ扶翼シ奉ル為 此ノ際時局ニ関スル宣伝方策及 国民教化運動方策ノ実施トシテ 官民一体トナリテ 一大国民運動ヲ起サントス」…これがその冒頭に謳われた「趣旨」です。すでに大陸では戦争状態、まさに「時局」を反映した文言です。真珠湾攻撃に至るにはこのあとまだ4年の時間があるのですが、この時点ですでに「物量」と同等、あるいはそれ以上に「精神」の総動員が叫ばれているわけです。実際、内心では戦争に反対だとしても、その内面を表に現すことはできない、相互監視と厳しい摘発の時代が終戦まで続きます。表立って言動に表さなくても、こころの中にまで国家の監視が及ぶ。なんとも息苦しい、おぞましい寒気のする事態です。
続く「指導方針」をみると目指すところが具体的に記されます。いわく、「「堅忍持久」総ユル困難ヲ打開シテ 所期ノ目的ヲ貫徹スベキ国民ノ決意ヲ固メシメルコト」。この前段には「事態がどのように展開し、どれだけ長期にわたるとしても」という意味の字句があります。結局は何ら見通しが付けられぬままに泥沼にはまりこんだ、この国のゆくえを暗示しているようです。
近現代史を学んだ私が常々引っかかるのは、「異論」を唱えることが許されない怖さ。「例外」を許さず、「疑問」すら差し挟むことができない。すべては国家のためにという、「個」を押しつぶす施策。この実施要項の指導方針には「全国民ヲシテ 国策ノ遂行ヲ推進セシムルコト」という条文ももりこまれています。そして。その方法の中には「各種言語機関ニ対シテハ 本運動ノ趣旨ヲ懇談シテ 其ノ積極的協力ヲ求ムルコト」「ラヂオノ利用ヲ図ルコト」が例示され、事実、メディアには一片の自由もなく「大本営発表」を機械的に伝えるだけになっていくのです。
報道機関に身を置く者として、このようなことが決して繰り返されてはならないと思うばかりです。とはいえたった70年前のこの要項も、何の前触れもなく突如として現れたわけではありません。21世紀の我々のまわりに、いま同じ轍を踏みかねない予兆や前触れは絶対にないと言い切れるのか。国民の「自由」が徐々に排され「総動員」が図られることはもはやあり得ないと言い切れるのか。そんな疑問のアンテナを常に張りながら、ニュースをお伝えしています。
投稿者 近野宏明