#194  ものを書くこと

(2007/08/08)


 

 このコラムも開始から1年4か月。まもなく200回を迎えます。週3回、長期の休みを除いて書きつづけてきました。しかし先月の後半から3週間休んでみると、意外にも、けっこうなエネルギーを要することなんだなと気付きました。

 私自身は日々のつれづれを若干勢い任せに綴っていた気分でいたのですが、いざ再開しようとすると、筆は重く(実際にはキーボード)、頭は回らず(これはいろいろ原因あり)、書く前も書いたあともスッキリとしない、自分としても納得がいかないものばかり。結局地震の報告を掲載しましたが、じつは他にも書きかけ、あるいは書き上げた文が幾つかお蔵入りになりました。いまこうして書いていても、どこへ文章が流れていくのか…漂う先に港がハッキリと見えないままの航海です(「漂う」ということ自体、「航海」ではないかも)。

 「近野さんはものを書くのが好きでしょう?」と先日も後輩に言われました。確かに、少なくとも嫌いではありません。ただし、無から有を紡ぎ出す創作行為はやったことがないのでわかりません。いっぽう自分が触れたこと、考えたことを書きあらわすことは大丈夫。それがつまり記者という仕事ですが。とはいえ、こういうつれづれを書き留めていくには、なんにしても無意識のうちに意識した「きっかけ」や「とっかかり」が大事なのだなと思います。

ささやかな幸せや、季節の移り変わり、旅先や通勤途上で目にしたもの…。もちろん悲しみや煩悶も、日々の暮らしの中で起きてしまうことがあります。そういうすべてを、正面から受け止めて考えることができる人を、私は尊敬します。そこまで大仰でなくても、ちょっと記憶に留めて、誰かにそっと教えてあげられる人を。私自身の愚鈍さと浅はかさを恥じるとき、なおさらのことです。

そこで、けさはひとつだけ。電車が停車しているホームを歩いていたとき。ある扉の前で「すいかの匂い」がぷうんと漂ってきました。なぜでしょう。歩きながら振り向いてみたのですが、その車内にはすいかを持っている人は居ませんでした。通勤時間帯ですから当たり前です。でも間違いなく鼻腔に届いた夏の香り。気怠さをまとい、心もこわばったけさの通勤に、少しやさしい気持ちを呼び覚ます匂いでした。この匂いが「とっかかり」になって、するするとこの文を書いた私であります。
(ところで「すいかの匂い」ってどこかで見た文字の並びだと思ったら、そういう小説、ありましたね)

投稿者 近野宏明