報道局員としての丸12年間、常に肌身離さず暮らしてきたものとお別れの時がやってきます。「ポケベル」です。今月末をもってNTTドコモがサービスを停止することに伴うものです。
日本テレビに入り、希望叶って報道局へ配属された際に配られたのは、昔ながらの、数字しか表記されない小さなポケベルでした。携帯電話もまだ普及前でしたので、外で取材をしている記者に連絡を取るための必需品。本社での勤務の時には、大小にかかわらず、外に出ている記者へのすべての連絡は、ポケベルを鳴らすところから始まったものです。とりわけ、報道フロアでの泊まり勤務のとき、デスクに代わって「一斉呼び出し」の端末を操作したときは大変にドキドキしたものです。
あのころ、ポケベルという「鈴を付けられた」側の取材記者が取材現場に到着すると、最初にやることの一つが「公衆電話探し」でした。ベルが鳴ったときのレスポンスの早さは重要。もちろん取材の経過報告、結果報告も迅速に出来ます。いざというときにまごついては、遅れをとってしまいますからね。いまやその公衆電話もめっきり減っていますが…。
自分自身が省庁での記者クラブ勤務をしていた頃は、何百回、あるいは何千回の「ピーピー音」を聞いたコトか。その都度「あ、あの件だな」と思ったり、「こんな夜中に何だろう」「取材中って知っている筈なのに急ぎの用件かな」と思ったり。地震や大事故を知らせる際の一斉呼び出しは、普段と着信音が違います。その音を聞いた時にはひときわ緊張感が高まるものです。とにかく、ポケベルの呼び出し音は、完全に生活の一部でした。
自分が仕事で忙殺されているときに報道局から異動していく先輩や同僚を見ていると、「ああ、明日からポケベルに振り回されることは無いんだな」と思ったものです。反面、もし心ならずも報道の仕事から離れて、ポケベルを返却するときが来たら、きっと寂しいんだろうなあ、とも。月並みな表現ですが、苦楽をともにした持ち物なのです。
ところで冒頭で「肌身離さず」と表現しましたが、誇張はありません。本当です。寝るときも常に枕元に置いていましたから。2007年になった今もそうです。連絡がつかずに出動が遅れることがあっては記者の名折れ。替えの電池も常に携帯しています。取材記者から番組に移ったこと、そして携帯電話やメールが普及して、めっきりポケベルが鳴ることは少なくなりました。しかし、やっぱり入社以来の「最終連絡手段」というイメージは容易には変えられないのですね。
先週、ポケベルの電池切れの警告音が鳴り、ボタン型の電池を取り替えました。使用期間はあと2日です。この電池での呼び出し待機が、間違いなく「最後のご奉公」になりそうです。
投稿者 近野宏明