日進月歩、ドッグイヤー。変化の早いインターネット社会とその技術。教育評論での第一人者が、インターネットやケータイがはらむ、子どもにとっての危険性に警鐘を鳴らす。同時に子どもと教育にそれらを活かすのか、道しるべも示した一冊。
・尾木直樹 『ウェブ汚染社会』(講談社+α新書)
著者の尾木先生は私も文部省クラブ時代からのおつき合い。もう10年になる。豊富な教師としての経験、研究者としてのフィールドワークに裏打ちされた分析に、記者として全幅の信頼を寄せてきた。しかも、どんな問題でも常に子どもの視点で、子どもの限りない可能性を信じるスタンスは、愛に溢れている。取材に訪れる記者に対しても同様だ。
私が尊敬をこめて「愛の教育者」と思っている尾木先生。しかし本書は、その著書としては例外的に、子どもの「限界」をハッキリと記している。たとえば子ども自身の「判断力」やネットに起因する問題への対処力がそれだ。子どもの「限界」を尾木先生が明記したのは、取りも直さず「子どもを守る」という理由から。それだけ、インターネットやケータイには、使い方や接し方によっては、発達途上の子どもたちにとって看過できない問題がある、という。
その根拠として、子どもたちがどれだけネットとの密接な関わりを持っているか、豊富なアンケート調査で示す。親世代の想像を超える現実である。さらには直接・間接の両面から、ネットに起因する被害をあぶり出している。一方では、ネット犯罪では子どもたちが加害者にもなりうる、その背景には当然おとな社会の問題が潜むという、保護者にとっては目を背けたくなるような現実も指摘しているのだ。
そのうえで、子どもとネット・ケータイの関わりにおいて、保護者が何もしないことがいかに問題かということを、言葉を変えながら繰り返し強調している。「ネチケット教育(情報モラル教育)に力を注ぎながらも、小・中学生に対しては無規律・無防備には使わせないこと」「ホームページは世界に発信する『情報の公器』である」「スキルが身についていることと、社会的に責任をもってコントロールできることとはまったく別物」「人格において対等なことと、情報社会で大人と対等に責任をとれることとはまったく意味が違う」と。
処方箋は特別なコトではない。ネット・ケータイ使用のルール作り、フィルタリングソフトの活用など、具体案を示している。こと家庭においては、詰まるところきちんとした親子関係、家庭環境の確率が何よりの防御壁になるのだが。
物心ついた時からインターネット環境が整備された世界に生きてきた、現代の小・中学生。彼らが心身に思いがけない傷を負うことがないよう、何が出来るのか。保護者や教育者は必読の一冊である。
*能登半島地震の取材報告は後日あらためて掲載します。
投稿者 近野宏明