#148  城山三郎さんのこと

(2007/03/23)


 

 人生に影響を与えた一冊は何か。そう問われた時に私が挙げるのは、城山三郎さんの『落日燃ゆ』です。先の戦争のあと、東京裁判で文官としてただ一人、絞首刑に処された元首相・外相、広田弘毅の生涯を描いた小説です。

070323_城山三郎さん.jpg初めて読んだのは中学生のときだったでしょうか。ページをめくる毎にぐいぐいと引き込まれていき、あっという間に読み終えた感触はいまでも克明に思い出せます。この本を通じて、私の近現代史への興味は固まりました。大学で日本近現代史を専攻したのもそのためです(『落日燃ゆ』に描かれた広田弘毅像を、批判的に見直すこともできました)。そのうちに、歴史を記録すること、歴史から現代を見ることに関心が移り…。結果、記者という仕事を選んだわけです。その選択には、城山さんのような仕事に近いのでは、という畏れ多い理由もありました。日々のニュースもいずれ歴史に変わる。それを間近に見られる、自分の言葉で記録ができる、そういう職業だからです。

 城山さんの作品は殆ど読み尽くしましたが、私にとっての「城山文学」の魅力は、魅力的な人物像が明確に描かれること。経済人、政治家、ときに一般には知られていない無名のひと。様々な人物の生涯が城山さんの手で小説になり、あるいは論評されました。誰を題材にしても、城山さん流の濾過を経るとき、もともと持ち合わせているモデルの「生き方」がよりくっきりと浮かび上がる。読者はそこから、自分自身の納得する人生を堂々と生きることの意味を感じ取るわけです。

 軍国主義の教育下で育った城山さん。典型的な「軍国少年」「皇国少年」だったといいます。しかし戦争が終わると、世の中の価値観は一変。そのとき、少し前まで戦争に国民を駆り立て、言いたいことも言わせずに、ひたすらに忍従を国民に強いてきた指導者たちは知らん顔を決め込んだ…城山さんは権力や組織というものの本質を嫌と言うほど感じたのでしょう。作家として筆を執った一番の動機は、「戦争中の体験だけは残したい」という思いでした。「こんなことを二度と起こしてはいけない。どんな風にひどかったかを次の人たちに伝えていかなくてはいけない」(『対談集「気骨」について』より)と。

 明確に、直接的に、戦争そのものをとりあげた作品はそう多くはありません。むしろ、巨大な組織・国家、そうしたものに絡め取られることなく筋を通して生きる主人公を通して、戦争や権力の怖さに読者の思いを至らしめる、そういう強い思いが数多くの著作に静かに貫かれていたと言えるでしょう。
 数年前その動きが急となった、政府によるメディア規制の動き。城山さんは老骨に鞭打って、断固として反対の声をあげました。その根っこには、「言論弾圧」の怖さを知る者としての義務感がありました。言論や表現の自由の無い社会に、未来はない。政治家や官僚の腐敗・悪行を書かせない法を作ろうとする動きは、卑しいとしか言いようがない。普段は物静かだという城山さんが、全身で訴えていました。会見の様子を映像で見ても、ただならぬ気迫が。

この頃、私は番組へのゲスト出演交渉を行ったのですが、結局日程上の都合などもあり、叶うことはありませんでした。報道機関に身を置く者として、一度お目にかかってじっくりお話をさせて頂きたい方。自分がもう少し、城山さんの前に出ても恥ずかしくないぐらいに研鑽を積んだら…と思ううちに時間は流れて。夢も叶わぬままの悲報を聞くことになりました。本当に残念でなりません。
 

投稿者 近野宏明