3月18日、首都圏では鉄道・バス各社の共通ICカード乗車券「PASMO(パスモ)」のサービスが始まりました。改札の読みとり機にかざせば、乗車分の運賃が差し引かれる仕組みで、利用者にとっては一枚のカードで多くの公共交通機関が利用できます。また、加盟店では現金を使わずに買い物も可能。財布や定期入れを開くことなく、改札を通過し、買い物も済ませることができるので、確かにスマートではあります。残額が一定額を下回ると自動的にチャージする機能も付けられます。そのシステムの特質をひとことで言えば、「便利」です。
一方で、正直うむむ…と考え込んでしまうこともあります。「セキュリティ」の問題です。拾得したカードを読みとり機にかざせば、他人でも買い物が出来てしまいます。よほどの高額でなければ、本人確認もありません。ICカードの機能を携帯電話と一体化した場合には、ネットショッピングの決済時に、カード情報の入力が不要な場合もあります。不注意で紛失したICカードや携帯電話が不届き者に拾われた場合、自分のお金が易々と使われてしまう恐れがあります。とにかく「便利」ではあるのですが、そういう懸念がどうしても完全に払拭できないのです。
ICカードは、カードそのものの記録量が多いのはもちろん、利用履歴や個人のデータを蓄積するサーバーも相当な大容量であることが必然です。小銭レベルではない金額の支払いも可能とするわけですから、間違いがあってはならず、正確なデータを一定期間ストックする必要もあります。どこの誰がいつどの路線を使ってどこからどこまで移動したか、よく使う店はどこか、という内容がどこかのサーバーにたっぷり保管されるのです。
このデータ、企業や店舗にとっては喉から手が出るほど欲しい情報です。膨大なICカードの利用履歴は、プライバシーの宝庫ですから。行きつけのコンビニ、スーパー、通勤通学の経路、友人の住まいの最寄り駅、などなど。そうした履歴を一定の条件で拾い出せば、例えば、「東京・目黒区の□▽駅付近に在住で、新宿区の○△駅付近に勤務し、夜の飲食は恵比寿近辺が多く、休日はよく渋谷で買い物をする、20代後半の女性」といったふるい分けも、可能になりそうです。この人物の平日の動き、休日の動きなどの類型化もできそうです。
その情報を使えば、例えば情報提供を受けた事業者による、ターゲットを絞り込んだPR活動が可能になります。平日の夜、恵比寿の駅に降りた瞬間、この人物の嗜好に合う提携飲食店から、携帯電話にメールが届くとか…。不特定多数を対象にしたPRよりも、こちらを選ぶ企業や店舗が多くなるのでは。そこまで組織的な利用でなくても、例えばデータの管理スタッフが、特定個人の履歴を隅々まで読んでいるとしたら…という想像もしてしまいます。
交通機関、カード発行の各社は個人情報保護指針を策定して、漏洩や目的外の利用を防止していますが、これまでの個人情報漏洩問題を見ても自明の通り、何においても「絶対万全」はありません。基本的な個人情報はもちろん、当人の行動や嗜好が特定されうる情報の管理には、利用者として厳しい目を向ける必要があります。
それにしても、都会という空間は「無名の一人」になることが出来る場所、というのが社会学上の通説でした。しかしこの種のカードや電子マネーの普及によって、改札やレジという「関所」を通るごとに、一つ一つの情報で色づけされ、どこかで(個人が特定された)データとなって記録される時代になっているのです。たとえ本人は「無色透明な存在」、「無名の一人」のつもりであっても。
投稿者 近野宏明