「気にかかることがあって、心が晴れないこと。ひとつのことにこだわって、くよくよすること」…『大辞林』による「屈託」の説明です。たしかに、凡夫なれば人生「屈託だらけ」になってしまいがち。しかし人生の達人はどこにもいるもの。この類の人物取材では右に出る者がない筆者によるインタビュー集です。88年に出版された少し旧い本ではありますが、心を捉えるくだりがいくつもあるので紹介します。
・城山三郎 『屈託なく生きる』 (講談社文庫)
政財界、スポーツ、学術、芸能の各分野で名を成した10人に対して、城山氏流の問答が繰り広げられる。中でも改めて読むとストンと胸に落ちるのは、きょう(2月16日)3年ぶりに宮崎キャンプを視察する、「ミスター」長嶋茂雄氏のことば。
20年前のミスターのことばでとりわけ傾聴に値するのは、「プロとは何か」ということ。ミスター曰く「いかにエレガント、いかにダイナミックにお見せするか」。プロの仕事は単に求められる実績を上げるだけではダメだと。「エレガント、ダイナミック」という表現は、私たちのような人前での仕事にも求められる要素の一つなのだろう。「お伝えすることのプロ」として、エレガントでダイナミックに…ううむ。
そして耳が痛いのは、「プロとして一番醜態っていうことは、エクスキューズだと思うんですね」ということば。長嶋選手・王選手のいない巨人軍を率いた第一次監督時代。その逆境にあっても「このネタ(=選手陣容・近野註)じゃ勝てないという、そういうエクスキューズはぼくは言った記憶ありません」と回想する長嶋さん。誰でも自分の失敗を素直に認めたくないもの。何かに責任を転嫁したり、不可抗力を殊更に強調したり。けれど、プロたる者は言い訳をしちゃいけないと。これは非常に難しいこと。言い訳をさせると天稟の冴えを見せる、なんていう人もいますが、これなぞ以ての外であろう。ミスターはそこまで語っていないが、自分の落ち度は虚心に認めて、次に結果を出すことが、プロのプロたる証左だと読みとれた。
ことはプロスポーツに限らない。自分自身の職務に、自分自身に課せられた期待に、プロとしてどこまで応えられるのか、スーパースターの発言から学ばされた。
もちろん、ほか9人の面々も読みどころ満載です。
*写真は、バレンタインでプレゼントされたチョコレートを「屈託なく食べる」私です。本文とはほとんど関係ありません。この場を借りまして、チョコレートなど贈ってくださった方々に御礼申し上げます。毎日美味しく頂いております。
投稿者 近野宏明