ことし、社会全体で考える課題の一つが「教育」であることに異論を挟む方はそう多くないと思います。かつて文部省担当記者だった者としても、思うところがあります。年末年始も改めて関係の書籍を読みかえしました。
・藤田英典 『教育改革のゆくえ』 (岩波ブックレット)
薄い装丁と裏腹に、提起されている問題は重く、大きい。一言で言えば、改革のための改革は悪影響をもたらす恐れがある。やらない方がましかもしれないということ。下手をすれば歪みを生じ、「実害を伴う」とまで言い切っている。
また著者は、ここ四半世紀の教育改革は、日本の教育が元来持っていた美点を損なう改悪にすぎなかったとして、「改革市場主義と新保守主義(国家主義)・新自由主義(市場的競争原理主義)による『二周遅れの歪んだ改革』」だと特徴づけてもいる。イギリスに範をとった現下の改革を「政治主導の改革になじみやすく、自分たちの主導性をアピールするのに好都合」だから、と喝破。制度の改革よりも教育の充実と改善をすべきだと主張する。
現在の学習指導要領が固まった時期のこと。私は担当記者として、その可能性と問題点を1本の番組にして問いました。題材としたのは新設の「総合的な学習」なる時間。うまくいけば意義ある試みとなる反面、よほどの手当てを施さない限り公立学校で所期の成果を上げるのは不可能、という指摘をしたつもりです。しかし結果は皆さんご存知の通り。案の定、総合的な学習は画餅に帰してしまいました。
正直なところ、「総合的な学習」という理想そのものが間違いだとは今でも考えていません。でも当時、文部省指定のいわゆるモデル校にあっても、人員的・予算的な問題を指摘する声がきかれたのです。しかし「モデル」から文部省が問題点をどこまで忖度したのか。さらには「学力低下」問題、俗に言う公私立間の格差拡大の懸念、保護者が求めるニーズとの乖離…。誰でも思い至る問題点に有効な手を打たないまま、あっさり迎えてしまった瓦解。混乱の中、教員や学校への信頼低下は、懐紙に染みこむ薄墨のように、うっすらと、確実に進行していきました。
こうなると、確かに「何もしないほうが良かったのかも」と思う向きが出るのにも無理はありません。もっとも藤田氏は10年以上前から一貫してその懸念を表明していたわけですが。
教育行政の正解はもちろん一つではありません。しかしこれ以上の混乱を避けねばならないのも当然のこと。学校がギスギスした競い合いや猜疑の渦中にあることは、決して子どもたち・保護者にとって望ましいことではありません。すべてを一挙に解決する手だては容易に見つからないもの。今後も番組を通じて、処方箋を探っていこうと思っています。
投稿者 近野宏明