月曜日の深夜、一報が入りました。「世田谷区内の京王線で事故。複数の車両が脱線か」という内容です。住宅地を抜ける路線ですので、周辺の建物への被害も懸念されます。早速現場に向かいました。
行きがけに「News ZERO」の生放送をイヤホンで聴くと、偶然乗り合わせていた「日本テレビビデオ」のディレクターがFOMAを使ってリポートしています。甚大な被害が出ている感じではないようです。しかし乗客は1200人。立ち往生した列車から降りて、遠方までどうやって帰宅するのかも気になります。
現場に近づくと、近くの甲州街道は渋滞。緊急車両でいっぱいです。そして案の定、冷たい雨の中、ぞろぞろと乗客が歩いています。路地に入ると現場の踏切が見えてきました。乗客が下車したばかりの電車は灯りが落とされ、先頭車両を中心に大勢の作業員が復旧作業の段取りを話し合っていました。しかし気になるのは衝突した乗用車が見えないこと。進行方向右側にいる私たちの目には、電車の床下越しに、ぐちゃぐちゃになった一部分がようやく見えるのみです。一つ隣の踏切から反対に回って、ボンネットを下に立っている車の全貌を目にします。室内は隙間も無いほど潰れ、乗っていたら命は無かっただろうと容易に推察できる状況でした。そしてすぐ50センチほどのところには民家が。まさに大惨事寸前でした。
周囲を見回すと、不思議なコトに気付きました。電車は各駅停車、直前の駅はわりと近くにハッキリ見えます。それほどのスピードが出る距離ではありません。しかも現場の踏切には監視カメラも設置済み。直線で見通しもよく、なぜ衝突に至ったのか首を捻るところです。よほどギリギリの遅いタイミングで車が侵入したのか?と思わざるを得ませんでした。
その後の調べで、運転していた女性は「警報機に気付かず進入、遮断機が下がって怖くなり車から逃げた」という趣旨の話をしているとのこと。どの点をとっても運転免許を持っている人の発言とは思えません。動転していたんでしょうけれども…。自分や他人の命を危険に晒す重大なミス。じゅうぶん反省していることと思います。
皆さまご存じの通り、踏切で閉じこめられたときは慌てずに直進するのみ。遮断機は上方にはね上げられます。非常ボタンや発煙筒で周囲に危険を知らせることも忘れずに。
投稿者 近野宏明
100。このコラムも階を重ねること100回。意外な続きように一番驚いているのは他ならぬ私です。先日からは写真もUPできるようになりました(自分で作業しています)。デジタルに弱い私のスキルが些少ながらも向上しているのは、このコラムのお蔭かもしれません。
百、という数字で最初に思い出すのは「小倉百人一首」。すみません、相変わらずのインドアっぷりで。言わずと知れた歌集ですが、競技としての百人一首を一時期しつこくやっていた時期が私にはあるんです。それは30年近く前のこと。ひらがなを覚えた私に科せられたタスクが、「百人一首の暗記」でした。母親が手書きの紙をトイレの壁に貼るのです。一番の「秋の田の…」という天智天皇の歌から順番に。覚えて暗唱できるようになると、次の歌に貼り替え。そうして百首をマスターした幼稚園児(ヤな感じですね…)。私は自宅で姉と競い合い、満を持して市の大会に出場しました。恐ろしいことに、姉と私で1&2フィニッシュしちゃうという結果。もっとも競技百人一首といえば実は『リアルタイム』の鳥羽アナが「競技百人一首四段」という腕の持ち主です。今の私は全然歯が立たないことでしょう。
当時は歌の意味は全くわからず、ただ音として覚えただけでした。しかし徐々に歌意が解けるようになると、はっと思わされることも多く、いにしえの人々の思うことも現代とそう変わらないなあと考えることが増えました。私のお気に入りは、崇徳院による七十七番。「瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢はんとぞ思ふ」…岩でうち砕かれ、ゆくえが別れてしまう滝川の流れがまたひとつになるように、あなたといつか結ばれたい…情熱的な恋慕の歌であります。もちろん幼稚園児には意味が分からないのですが、なんだか覚えやすかったのですね。そして、百人一首の経験者ならご存じの通り、上の句が「せ」で始まる唯一の歌。ゆえに競技上は「取りやすい」という美点も備えています。
その小倉百人一首、最後は順徳院の歌です。「百敷や古き軒端のしのぶにも なほあまりある昔なりけり」。御所の古い軒端にのびたしのぶ草をみて、過ぎた日々の栄華を思うにつけても、偲ぶに余りあるほどの頃だったよ、という感じでしょうか。もう百回といってもまだ百回。「なほあまりある昔」にはまだまだです。1000回を目指して頑張ります。
投稿者 近野宏明
「勤労感謝の日」、報道フロアは休日らしくいつもより長閑な雰囲気でした。ニュースの分量は普段どおりですし、事件事故も休日にしては多いほう。ですが、休みの人が多いだけで空気も微妙に異なものです。
この日、勤労に感謝するのは勿論のこと。でも子どもの頃は父親や祖父の会社勤めに漠然と感謝を覚える、その程度の日でした。その意味が実体験を伴って感じられるようになったのは、実際自分が社会に出て仕事をするようになってから。小さいながらも責任をもった仕事をするというのがどういうことか、一つの仕事を続けるとはどれだけ大変か。斯様に思ったわけです。駆け出し社会人の私は、30年、40年という長い長いときを黙々と勤め続けた祖父や父はそれだけで偉いものだなあと感服したものです。「勤労感謝」の意味を字義の通りに体得した時期と言っていいでしょう。
時は流れて。会社生活も全体の3分の1ほどが過ぎてしまいました。早いものです。人間ドックの案内が控えている昨今。勤労そのものの前提として、健康に勤労できることにも感謝の念が芽生えてきました。そして、自分の望んだ職場で仕事を続けられることに対しても。
報道の仕事をしていると、多くの方に言われます。「いつ何が起こるか分からないので、大変ですね」「24時間気が抜けませんよね」「休みも少ないでしょう」…確かにその通りです。でも、そういう仕事を選んだのは他ならぬ自分です。希望どおりの職に就いて、10年以上続けられるというのは大変な幸運。確かにしんどい時は在るけれど、それをはるかに超えるやり甲斐と充足感があるのは間違い在りません。視聴者の皆さんや取材対象者からの支え抜きでも不可能でしょう。そんな勤労ができることに感謝。ささやかな社会人生活から、ようやく実体験を伴ってそこまで感じるところに辿り着きました。
投稿者 近野宏明
作家の清水義範さん。日本文学界におけるパスティーシュの巨匠です。もっともご本人は「巨匠」という威圧的なところは全くなく、物腰柔らかで理知的なお人柄ですが。その清水さんが最新作『冬至祭』を私に贈ってくださいました。これは本当に嬉しい。きゅっと体を一旦縮めて、それから両手足をパーッと広げて小躍りしたいぐらいの感覚です。
私が『バンキシャ!』でニュースコーナーの伝え手とゲスト選定・ブッキング、を担当していた頃。清水さんに何回かお出まし頂いたことが今回につながる縁の始まり。もともと清水さんの作品のファンだった私の出演依頼に、快く応じて頂いたのは2年あまり前のことでした。ご出演日が迫ると金曜日に自宅にお邪魔して、今週予定される放送内容・取材の成果を説明するのも、私の仕事。執筆に忙しい時間を割いて頂き、「余談」「寄り道の話」も十二分に楽しませて頂きました。私のこれまでの会社人生、数少ない「役得」でしょう。
清水作品は殆ど読んだ私。『国語入試問題必勝法』『蕎麦ときしめん』といったパスティーシュ小説はもちろん、日本語に関する問題、教育問題などなど、作風の幅広さと親しみやすさが実にいい。そして近年は子どもや家族をテーマにしたずっしりとした小説も次々と発表されています。『バンキシャ!』へのご出演をお願いしたのは、卓抜した説得力と誠実な伝達力をお持ちだから、という理由でした。実際、ちょっと変わった視点から、なるほど!と共感できるコメントを頂戴しました。
『冬至祭』の主人公はテレビ局で報道番組を手がけるやり手のプロデューサー。彼の息子がある日不登校に…という物語。まだ途中までしか読んでいないので、今後ストーリーがどう展開するか、分かりません。しかし本書を書店で手に取った方は、気付くことがあるはずです。この主人公が担当している番組は『バンキシャ!』に似通った部分がかなりあるのではないかと。移転したばかりのテレビ局、日曜夕方の報道番組、局アナと女性タレントの2人が進行…。これは…。
そして!報道記者出身のゲスト担当ディレクターも出てくるのです。その名も「今野寛」。今野はこの日、控室でゲストの(清水さんと思しき)作家をアテンドして…。これは…。という導入です。もちろん物語そのものはフィクションですし、会話の中身もそのものズバリ!ではありませんが、このシーン、相当のリアリティが。物語が進んだとき、○○さんがモデルの主人公はどうなるのか、そして「今野」は最後までストーリーに絡み続けるのか。注目するしかないでしょう。こんな注目を(人知れず)するのは私や日本テレビ報道局関係者だけでしょうけど。
ということで、私の(?)小説デビューであります。しかもあの清水さんの作品中で。はしゃぎすぎは自覚しております。はい。ささやかな自慢、延々書いてきましたがお許し下さい。
投稿者 近野宏明
週末に芝居を見て来ました。三谷幸喜作・演出の群像劇。テレビドラマの撮影現場が舞台。「その他」の役柄を入れ替わり立ち替わり演じる、「エキストラ」の役者たちの織りなすコメディであります。今回は、小西キャスター・町キャスターとも一緒です。
久々に三谷作品を観ましたが、もはや伝統芸の域に達しているのではなかろうか、という感じ。「こう来たから、こう来るはず」と思うところで「やっぱりこう来た!」という喜び。いっぽうで「え、こう来たか!」というちょっとしたハズし。そのバランスが絶妙なのが小気味よい。人情臭いシーンや台詞も少なからずあるものの、結局笑いにまぶしてしまい、決して泣かせないさじ加減も。役者たちがそのノリを楽しんでいる感じもたっぷりで、清々しくもあっという間に2時間余りが経過。
それにしても、伊東四朗さんはいいなあ。芝居、お笑い、司会、いかなるパフォーマンスでも、「間」のいい演者はやっぱりいい。伊東さんの今回の役だって、繰り返しのボケがまったく嫌みにならない。私の世代だと、小松政夫さんとのコンビでバラエティ番組を席巻していた頃が最も古い記憶です。その後増えたテレビ司会としての伊東さんや、渋い演技も勿論魅力的です。ですが、ご自身がこだわっていらっしゃる通り、やっぱり生粋の「喜劇役者」なんだなあと改めて感じました。
心地よい緊張がほどけて新宿の街に出ると生憎の雨模様。でも舞台はコンテンツにかかわらず祝祭、ハレの空間。冬のような冷たい雨の中、あたたかい気持ちで帰宅したのでありました。
投稿者 近野宏明
・絲山 秋子『沖で待つ』文藝春秋
芥川賞受賞作、である。『文藝春秋』の選評を読み返しても、錚々たる文士の面々が文学的批評を繰り広げている。私が書くのは「感想」ぐらいに思って頂きたい。
著者はメーカーに勤務の傍ら執筆活動を開始、4度目のノミネートで芥川賞を受賞した。本書の主人公は住宅機器メーカーに勤務する女性と、同僚の男性。どちらも福岡営業所で営業職に就いている。そこを起点とした「男女の友情」を描いている。筆者の履歴と主人公の姿はよく重なる(筆者も福岡勤務を経験している)。他のいくつかの作品にも共通する、「働く女性もの」の一冊。(おなじ一冊に収められた『勤労感謝の日』の主人公も、失業中ではあるものの同様の匂いが強く感じられる)。
職場や仕事の描写は、実体験抜きではあり得ないだろうという鮮明なもの。いっぽう、主人公2人の間柄は、じつは「友情」と簡単に言い切るのもちょっと違う。男女が同じ勤務体系で働くいまの社会ならではの紐帯、のようなものを感じ取ることができる。業種が違っても、仕事に自覚的に取り組む女性なら、そういう「戦友」のような同期は、きっといることだろう。そのかけがえのない紐帯は、「どちらかが死んだら、相手のパソコンのHDDを壊す」という約束につながっていくのだが…。
そして著者の小説で触れたくなるのが、「自動車」の記述。本書にも、主人公が営業車の運転で戸惑うくだりがある。ペーパードライバーなのに道に迷い、福岡・中州でベンツに囲まれた恐怖…。著者は別著の『スモール・トーク』(二玄社刊)で、自身が会社勤めをしていた頃に乗っていた、カローラバンのことを詳細に綴っている。5000㎞に及ぶ完全な「慣らし運転」を施して滑らかで力強い走りを実現した営業車。「ある意味自分の家よりも安心する場所だった」とまで書いている。『沖で待つ』の営業車の無い事務所での不便を語り合う場面でも、単なる不便を超えた「相棒」の不在を嘆くふしがうかがえる、気がする。 自動車好きの深読みであることは私自身、百も承知ですが。『スモール・トーク』については別項でまた取り上げます。
投稿者 近野宏明
年々歳々、早まっている気がします。「年末」の訪れが。それを見つけたのは、銀座にある河上和雄・元東京地検特捜部長の事務所に向かう道すがら。歩道の街路樹の根元に何かの入ったビニール袋が転々と置かれています。
ごみ袋のような半透明のビニールの中には玉のようなものが沢山入って…少し目を先に向けると、街路樹を囲んでなにやら作業中。近づけば、それはクリスマスの飾り付けでした。
人通りのまだ少ない朝のうちに、一気に飾りつけるのでしょう。中央通りを挟んであっちでもこっちでも、若いスタッフが一心不乱に輝くボールを枝に取り付けていました。そのようすを、アジア各国からの観光客が写真におさめています。普段、観光客は4丁目の角にある和光をバックに、あるいは少し離れて一直線の通りをバックに記念写真を撮ることが多いもの。しかしこの日観光客が背景に選んでいたのは、デパートのショウウインドウ。そこまで行って見れば、ガラスの中には華やかな金色のディスプレイが広がっていました。なるほどちょっと無い、東京観光ならではの写真となるわけです。

私たちの職場でも、「年末感」が徐々に出てきました。12月末の特番をどうするか、なんていう話があちこちから聞こえてきます。あるいは私たちのような番組では何日から枠が短縮されるのか、いつが年内の最終日か、などという話です。まだ11月半ば、といえばそうなのですが、番組の準備というのはたいへんな手間と時間がかかります。とりわけ、報道特番となると、普段できない長期密着取材などが目玉になることも多いので、なおさらです。
そんな空気に急かされて、という理由からではありませんが、我が家もクリスマスツリーを飾り付けました。もちろんクリスチャンでもないのですが。箱を取り出して開くまでは億劫なところもありますが、いざ始めると呆気なく完成。でもちょっと気が早いかなあ…。
投稿者 近野宏明
先回書いた話の続きです。子どもたちは無限と言っていい「可能性」を持っています。人生の折り返し点近くまで来て、その幅広さを羨むしかない私です。しかしただ羨むだけではただのダメな大人。報道の仕事に就いている以上、自分の領分で子どもたちの「可能性」を守って行かなくては、と感じました。
で、相次ぐいじめ・自殺・あるいは自殺予告の問題です。遅ればせながら、子どもたちからの死をもっての訴えに大人たちが動きはじめました。いま死にたいほど辛い気持ちを抱えている子どもたちに、少しずつですが周囲は敏感になっているのではないでしょうか。今だったら、少なくとも今までよりは、辛く苦しい思いを真剣に受け止めてもらえると思います。全く話したことのない周囲の大人や、先生でも両親でもない誰かでも打ち明けること。そこから問題がいい方向に転じる可能性が出てくるかもしれません。どうか一人でその思いを押さえ込み抱え込むことなく、誰かに訴えて欲しいと思います。
繰り返しになりますが、小学生・中学生・高校生の人生はこれからです。どんな未来がが拓けるかはほとんど白紙なんですね。その可能性の芽を自ら摘むようなことだけはやめて欲しいです。
いっぽうで、きょうはゲストの尾木直樹さんの発言に刮目しました。一連のいじめ・自殺問題について、いじめをする側への訴えがまったく不足しているという指摘です。また、学校がいじめた側に徹底した指導を行っているのか、ということも。放送では時間が足りませんでしたが、「いじめは許せないこと」「悪いのはいじめる方」「人として恥ずべき行為」という認識が、10年前に比べても薄れているとおっしゃるのです。いじめをされている側が、いじめをなくすのは至難の業です。しかしやっている側がやめれば、いじめは無くなります。至極当然のことですが、一連の問題が次々と明らかになってから、いじめている側への毅然とした訴えが聞かれないのが残念だというお話でした。
教育にかかわる社会的責任のある人物でも、「いじめられる方も悪い」「いじめられた子は強くなれ」というようなことを平然と口にする。そんな世の風潮に、尾木さんが強い危惧のを抱いておられたことも、書き添えておきます。
投稿者 近野宏明
きのう、報道フロアに20人ほどの小学6年生がやってきました。「総合的な学習」の一環で、テレビ局の仕事を学びに来てくれたのです。「どうしてテレビの仕事をしたいと思ったのか」「キャスターの仕事をするうえで面白いこと、辛いことは」「どんなことに気を付けているのか」といった取材を受けました。普段は取材をする側ですから、新鮮な体験です。みんな真剣にメモをとっているので、できるだけわかりやすい言葉で、かみ砕いて話したつもりなのですが、どれだけ伝わったでしょうか。
やりとりの終盤、「わたしたちにメッセージを」といわれました。「テレビやニュースもたくさん見て欲しいけれど、本もたくさん読んで欲しい」「本を通じて、自分の世界を広げることができる」「いまの皆さんの柔らかい心と頭脳で読むことに価値がある」というようなことを申し上げました。私の心からの実感なんですが、響いたかな…?
話をしていてつくづく感じたこと。子どもたちの「可能性」です。私にも同じ時期がありました。今となっては信じられないですが、本当です(そりゃそうだ)。あの頃田んぼや畑を駆け回って、遊び疲れてテレビにかじりついていた少年が、まさか20年後にテレビに毎日出るようになるとは…。ことほど左様に、小学6年生であれば、これからどんな人生が拓けるかは全くの白紙なんですね。夢や可能性の広がる素晴らしい時期。これから自分の好きなことを見つけて夢中になったり、一生つき合える信頼できる仲間を見つけたり、素敵な異性に胸をときめかせたり…。
誰がどう見ても大人になってしまった私は、彼らの可能性の広がりを羨んでしまいます。私から見れば文字通り「無限」と言っていいでしょう。もちろん大なり小なり、悩みや苦しみに直面するときが来ると思います。けれども、子どもたちの生き生きした表情を見ていると、乗り越える力は誰にでもあると確信できました。「可能性」は社会の宝。子どもをめぐる明るくないニュースが相次いでいるだけに、私たちも報道の仕事を通じて、それを守っていく責任があると痛感した次第です。毎日やっている自分の仕事を、思いがけず見つめ直すいい機会にもなりました。本当に感謝しています。
投稿者 近野宏明
普段通い慣れた道でも時間帯が違ったり、同じの時間帯でも通る道のりが違ったりすると、見える景色がずいぶん異なものに感じられます。先日、休みの夜に都心から自宅に車で戻るとき、ぐるっと大回りのルートで走りました。見上げるともう星の数々が夜空に現れ、少しひんやりとした空気に瞬いています。東京都心からそう遠くに出たわけではありません。それでも、ビルのかたちを映す窓灯り、ゆるりと回る観覧車、漆黒の静かな海やオレンジ色に照らされた近未来の工場、海を一跨ぎする空中回廊のような橋、みどりさざめく住宅街…と、街にはいろんな表情があるものです。1時間ほどですっかりリフレッシュしていました。
以前、夜に東京タワーの前(というか、斜め下あたり)を走ったとき、同乗していた人たちがタワーを見上げて華やいだ声を上げたことがありました。確かに改めて見ると、オレンジ色に煌々と照らされた曲線は、スポットライトを浴びた壇上のドレスの裾に紛うところがあります。昼間に見る無骨な鉄の集積、という印象はまるでありません。東京の夜を誰よりも高いところから優雅に包んでいるような感覚も覚えました。以来その場所を夜に通るたびに、タワーが夜を包み込むさま(逆にタワーが夜に包まれるように見えるときもあります)を感じとっています。…もっとも車は動き続けているので、そんな感興も一瞬のうちに後ろのほうへ飛んでいくのですが。それも夜のドライブならではのこと。
ひとりで車の中を走るときは音楽三昧。流れる音楽に合わせてけっこう大きな声で唱うのが常です。しかしこれは要注意です。ご経験のある方も多いでしょう。信号待ちで止まったときに、隣の車から見咎められたことが。あれはじつに面映ゆいものがあります。今の時期は窓を閉めていますが、初夏や初秋などは「窓全開」、だったりしますから。最近はジャズヴォーカルにちょっとはまっているので、朗々と唱っているときは信号にとくに注意。本人は「そのつもり」でも端から見ればただの奇人。恥ずかしい…。音だけは夜の闇に紛れませんからねえ。
投稿者 近野宏明
私、休みの日は早起きなのです。折角の休みはできるだけ無為に過ごさないように、と思うと、つい。週末は朝いちで映画をみたあと買い物をしていると、ふと空腹を覚えました。ご飯を食べなかったので当たり前のこと。矢庭にどうしてもスコーンが食べたくなり、とあるホテルのティールームに出かけました(また食べものの報告か…)。さすがに連休だけあって、混雑…と大混雑のあいだぐらいの感じです。天気も良いので、もともとこの日ホテルに用事のある人以外にも、ふらっとやってきた人(つまり私のような人)も多く見受けられました。
ロビーやティールームには、休みの日特有の「ハレ」な空気が漂っています。結婚式が何組も行われるようで、「ご親戚」と思しき方たちが行き来するようすは、他人事ながらじつに嬉しい気分になります。聞き耳を立てずとも、久々に会った親戚同士で話し合う、甥っ子や姪っ子、いとこ同士の近況報告が聞こえてきます。
耳を峙(そばだ)てていると、思いがけず懐かしい香りが微かに漂ってきました。「樟脳(しょうのう)」の香りです。ちょっと意識してみるとツンと鼻の奥に届きます。箪笥やクローゼットに大切にしまっていた礼装に移った香りでしょう。なるほど見回すと礼服や華やかな和装に身を包んだ人が大勢います。なにしろ結婚式ですから。
嗅覚につながる記憶は不思議なもの。私はそのとき、実家にある祖父母の和箪笥を急に思い出しました。どれぐらいの着物が納められていたかは全く分かりませんが、土用のころに抽斗を開けて、干していた光景もくっきりと蘇りました。広げた着物の横に座って眺めている自分の位置も(実際どうだったかは分かりませんが)。きらめく日射しのある、のどかな昼下がり。庭からゆるく入ってくる風までも感じられる気がします。最近は防虫剤も匂わず、長持ちするのが当たり前ですから、そんな衣更えの風物詩もご無沙汰です。
四半世紀ほどの遥かな時間と空間を超えて、懐かしの昭和を思い起こさせる香り。記憶の奥底にひそんだ思いがけないページが開かれました。いま自分の周りにひろがる「家族どうし」「親族どうし」の微笑ましいやりとりが触媒になったのも、間違いありません。
投稿者 近野宏明
きょうから3連休。高速道路はこの時間、下りが相当の渋滞。全国的にいい陽気(そもそも「晴れの特異日」だそうです)ですので、これからしばらく渋滞が続くでしょう。
11月3日は文化の日。各地の博物館や美術館など文化施設は、この時期に力の入った企画展を催したり、あるいはこの日に限って特別の割引料金にしたりと、多くの来場者をいざないますね。国民の祝日を定めている「祝日法」によると、文化の日は、「自由と平和を愛し、文化をすすめる」日と定められています。「文化をすすめる」というのは何となく気持ちに馴染んでいますよね。しかし改めてその趣旨を知ると、ぼんやり休んでいてはいけないような気もします。特に前段を読むと。
ここから先は完全に私事です。11月3日は近野家では「両親の結婚記念日」でもあります。ことしで37回目。ごく普通のサラリーマンと、ごく普通の銀行員の2人は1969年のこの日に結婚しました。当時の写真をずっと昔に見たことがあります。父は31歳でしたからその頃の結婚としては決して若くはありません。しかし今の私より3歳も若い(!)。事実、その見た目は紛れもない高度成長期の「青年」でした。
それから幾星霜、2人はたしかに「老境」に入りつつあります。結婚生活は息子の私から見ると穏やかに平和に流れていたのでは、と確信できます。2人は自分たちのためだけに、時間やお金を自由に使うことは殆ど無かったと思います。時間もお金も、愛情も、私をはじめ家族にそそぎ込んだ37年だったのではと思うときもあります。結婚記念日に2人だけで特別な過ごし方をしたり、互いにプレゼントを贈りあったりするようなこともありません。しかし、そんなこと自体が不要なのでしょう。息子から見て、たしかな絆で結ばれた2人です。
そんな2人に育まれた私は、「自由と平和を愛する」一市民として、きょうの文化の日を迎えました。老いつつある両親のような、誠実でささやかな人生、地に足のついた穏やかな人生を誰もが全うできる社会を永続できるのか。わたしたちに課せられた課題です。このところ、「自由」や「平和」というものの危うさを考えざるを得ない出来事が続いています。穏やかな日和のなか厳粛な気持ちで迎える「自由と平和を愛する日」です。
投稿者 近野宏明
霜月に入りました。「霜月」はもちろん陰暦での呼び方ですからかつての季節とはズレがあります。このところ愛用の辞典をみると、「霜降月」「鴨月」「神楽月」などの別名もあるようです。もっともドキッとするのは「雪待月」という呼び名。もう「雪を待つ」時期になってしまったわけです。一年は早いですねえ。
こんな時期になると決まって増えるのがダイレクトメール。先月の半ばごろから次々と届いています。よく行くデパートではポイントカードを作ってあるのですが、その関連か、クリスマス商戦のメールが滅法増えています。洋服、かばん、アクセサリーに化粧品、お酒やお花…。まあ一言で言って、「何でもクリスマスに託(かこつ)ける!」という感は否めません。
もちろんダイレクトメールはデパートなどに限りません。女性に向けてはとくに、美容院やエステの類からのDMもこれから増えることでしょう。いっぽう勤務先には飲食店から忘年会やクリスマスディナーなどのDMが。かたちの無い「サービス」「飲食」のジャンルでもそうして年末年始は混雑に拍車がかかることに。否応なくイベントへの出費を強いる作戦に巻き込まれるわたしたち…。油断できませんね。
いっぽうで減少しているのが「年賀状」。きょう1日から「おとし玉つき年賀はがき」の販売が始まりました。販売枚数は去年より1割少ない37億9000万枚。Eメールで済ませる人が増えていることが、明らかに影響しています。私もここ数年はメールで済ませる相手が増えています。こちらの商いは縮小傾向が続きそう。
商いをする側にとっては、ロマンティックな雪に誘われて人々が街へ繰り出すのを待つ「雪待月」。おたがい無駄遣いには気を付けましょう。
投稿者 近野宏明