順天堂大学の優勝で幕を下ろした第83回箱根駅伝。
去年の8区で脱水症状を起こしてしまった難波選手の思いも
こめて部員全員が勝ち取った総合優勝。
5区の今井の快走もさることながら、9区長門の区間賞、10区松瀬の区間新記録の走りも見事でした。
ドラマがドラマを生んだ超戦国駅伝、僕は1号車に乗り込み、サブアナウンサーとして、大手町から芦ノ湖までレースの全てを移動中継車から見続けました。
「サブアナウンサー」とは、日本テレビ独自の中継体制、準備段階からメインで実況するアナウンサー
の横につき、メインの目となり足となり、「実況する観点から」取材をし、資料を作り上げる作業をする
というもの。決して「サブ」だからといってお手伝いなんかではありません。
周囲に話をすると驚かれることが多いのですが、日テレのスポーツ中継は全てアナウンサーが
自ら現場に足を運び、選手やロードに取材をし、感じたことを「自分の言葉」にまとめます。
箱根駅伝アナウンス部の伝統として、「歩け歩け作戦」というのがあります(*)
中継が始まり今年で21年。各アナウンサーは往復214キロの道を自らの足で歩き取材します。
一歩一歩、歩くことで地形の起伏や建造物の変化、沿道住人との出会いを通じて、コースを
隅から隅まで掘り起こしていきます。
「えっ?アナウンサーが取材するの?」とよく驚かれるのですが、責任もって発する以上、
自分の目で丁寧に取材していきます。
今年しか使えないネタを放送のために山のように集め、それを放送用におよそ5秒~10秒程度の
短い文章にまとめて行きます。
100個ネタが集めても使われるのは2個か3個。捨てる作業こそがアナウンサーの仕事といっても
過言ではありません。
僕も今回の取材を通じて、およそ50人をはるかに超える方々にご協力いただきました。
「現存する最も古い寝台列車はやぶさが50周年をむかえた」事で、当時車内の様子を輝く目で
話して下さった元車掌さん、
「大根などが沿道で干されている東海道を自分たちが駆け抜けた」
と50年程前ランナーだった地元箱根応援団の方々の話、
その他、区役所に沿線の美容師さんや小学校の先生、
僕の卒業大学の体育教授など・・・
この場を借りてご迷惑をおかけしたのと同時にお礼させていただきます。
ありがとうございました。
さて、ここまで箱根駅伝の準備段階までの話をさせていただきました。
次回はいよいよ中継車に乗り込みます。
中継車の中から見た箱根駅伝をお伝えしたいと思います。
おたのしみに!!
(*)文献「実況!」日本テレビアナウンス部編、創拓社
(現在は絶版)
投稿者 藤田大介