日本を飛び出した二つのシンカンセン

(2007/02/22)


 

2007年1月、時を同じくして中国と台湾で日本の「新幹線」が走り始めた。
新幹線技術が海外に輸出されるのは初めてのケースだが、
その舞台が政治的に「対立の火種」を抱える中国と台湾というのは
歴史の皮肉かも知れない。
早速現地入りして列車に乗ってみた感じは、
「あっ新幹線だ!」とすぐに体感できる乗り心地。
日本にいる様な懐かしい気分を味わった。

しかし「シンカンセン」の登場を報じる地元メディアの紙面を見ると
中国と台湾、それぞれに「日本との距離感」の違いが垣間見えて、とても面白い。

台湾新幹線開業.JPG
一足早く開業したのは「台湾新幹線」。
東海道山陽新幹線の「700系のぞみ」をベースにした車体にはオレンジ色のライン。
試験走行でトラブルが相次ぎ、開業が3度も延期されていただけに、
地元紙の紙面からは「高速鉄道がやって来た!」と興奮気味な息遣いが伝わってくる。
記事には新幹線が日本の技術であることが詳しく書かれ、
「シンカンセン」を経済協力の象徴として描く傾向が見受けられた。
その舞台裏には、台湾政府がヨーロッパ各国との契約を覆して
日本側に逆転発注した経緯があり、
日本との結びつきを強めようとする台湾の政治的意図が
読み取れる内容になっている。

中国版新幹線開業2.JPG
一方の「中国新幹線」は、経済都市・上海を発着する在来線の特急列車として登場した。
ベースは東北新幹線の「はやて」で、「子弾頭(鉄砲玉)」の愛称が地元紙を飾っていた。
ところが紙面には、日本という文字が全くといっていいほど見当たらない。
「シンカンセン」は中国の「国産」という位置づけだ。
中国国内の工場で車両を組み立てているというのが理由だが、
背景に「反日感情」があるとの指摘もある。
今年は日中戦争勃発のきっかけとなった盧溝橋事件から70年という歴史的に敏感な年。
好転に向かっている日中関係を刺激したくないという中国政府の意向が
「日本隠し」に傾いた・・との見方も強い。
いずれにしても日本という文字が一斉に消え、そろって国産を印象付ける紙面からは
メディア統制が行き届いた中国ならではの「お国事情」が見え隠れしている。

難しいことはさておき、どちらの新幹線も「高速列車の旅」を
初体験した乗客たちの評判は上々だった。
中国でも台湾でも今、春節(旧正月)休みで大勢の人たちが利用している。
それぞれの場所で愛される「シンカンセン」になって欲しいと思う。


新婚さんいらっしゃい!

(2006/12/26)


 

先日、上海で開かれたあるイベントの話し。

会場に到着するとそこは中国にはおよそ不似合いなパステルカラーの照明。
ヨーロッパ風の建物には、88組の中国人カップル、およそ180人がテーブルを囲んでいた。
彼らは何と、全員が中国の「新婚さん」。
招待したのは日本の旅行会社で、なんでも日本への「ハネムーン誘致」がイベントの目的なんだそう。
新婚さんいらっしゃい.JPG

イベントでは旅行会社の担当者が、東京、京都、北海道、沖縄と次から次へと
熱のこもったピーアールを展開。
そんな担当者の目の前でアツアツの「新婚さん」たちは、
互いに腕を肩に回したり、じっと見つめ合ったり・・・とすでに「別世界」に旅行中といった様子。
旅行会社の担当者曰く・・。

「中国の海外旅行客は人口のまだ1%程だが、1%でも日本の人口の10%以上です!」。

13億人の人口を誇る中国は「最後の市場」という担当者は「新婚さん」に負けず劣らず鼻息が荒い。
特に目立ったのは、「白銀の世界」を売り物にする北海道チーム。
北海道のスキー場は競技人口の減少で、台湾、韓国、東南アジアの観光客で支えられている。
日本への入国者数も中国は、100万人に達した台湾と韓国を猛追し、
今年はアメリカを抜いて80万人に届く勢いだという。

「新婚さん」たちの反応は・・・というと、なかなかの好印象といった感触。
4泊5日で15万円を上回るツアー料金も、それほど負担感を見せている様子はない。
「新しい世代」の富裕層は、着実に増えていることを感じさせた・・。

上海ではいま職業、年収、出身地など条件を限定した「合コン」が花盛りだ。
女性たちは「持ち家、マイカー、・・・」とまさに要求のオンパレード。
好条件の男性をいち早くゲットするため、どの「合コン」も参加者は女性の方が多いのだそうだ。
「海外旅行も出来ない男なんて・・・」、女性たちの間からはそんな声も聞こえてきそうだった。


迷走する・・「台湾新幹線」

(2006/12/10)


 

「台湾新幹線はいつ開業するのだろうか・・・」。

この質問にハッキリと答えられる人はいないかも知れない。
外見は「700系のぞみ」にそっくりな車体、それもそのはずで台湾新幹線は、
日本の新幹線技術を、初めて海外に輸出した記念すべき存在だ。
日本と台湾の友好の象徴となるはずの「台湾新幹線」だが、
開業予定日からすでに1年2ヶ月が過ぎた今も、
まだ正式な開業日が決まらないという異常事態に陥っている。
その理由は、運転士の養成が遅れたり、試験走行中にトラブルが相次いだりと
様々な不幸が重なったことだが、関係者もさすがにイライラが募ってきたのか
現地では「新幹線」のイメージそのものが悪くなっている様子・・。
台湾新幹線2.JPG

ついこの前には、12月7日に予定されていた「開業式典」さえもドタキャンされてしまった。
外国から政治家や財界人にすでに招待状を出していたため、
市民の間からは「台湾の面目は丸つぶれだ・・・」という嘆き節も聞こえてきた。
開業許可の条件は「試験走行で一ヶ月間の無事故」で、
上手くいけば何とかクリスマス前に開業できる計算になる。
推計によると開業が一日遅れるごとに、毎日3億円もの損失を出しているという話しもあり
今や関係者も祈るような気持ちで事態を見守っているという。

「台湾新幹線」は最高速度300キロで走行し、二大都市の台北と高雄間を1時間半程度で結ぶ。
試験走行の列車に乗ってみたが、乗り心地は日本の新幹線そのものでなかなかの快適さ。
ビジネスマンの利便性はとても高いと思われ、新幹線を目玉にしたツアー旅行といった
観光業への収益も期待されている。日本人観光客も「重要なお客さん」だ。
いつ開業するとも知れない新幹線の車内では
運転士や車掌だけでなく、
車内販売のお嬢さんや、掃除のおばさんたちも一生懸命に訓練を重ねている。

無事に開通すれば、
彼女たちが覚えたての日本語で「こんにちは!」と明るく迎えてくれるに違いない。


台湾海峡「要塞の島」に変化

(2006/11/27)


 

島の海岸線には、船の上陸を阻止するためのバリケード。
厳重な有刺鉄線の傍にはこれより先が「地雷原」であることを警告する標識が
あちらこちらに立っていて、思わず足がすくんでしまう。

この島の名前は「金門島」。
金門島海岸2.JPG

実効支配しているのは「台湾」だが中国大陸からの方が遥かに近く、
最短距離で2キロしか離れていない。
1949年に分断された中国と台湾の歴史を語る「生き証人」とも言える島

島には1958年に中国軍が大規模な砲撃を浴びせた爪跡が生々しく残っていた。
また中国のミサイル演習に対し、アメリカが空母を派遣した「台湾海峡危機」は、
今からわずか10年前の出来事にしか過ぎない。
そんな「要塞の島」で起きている大きな変化を目の当たりにした。

5年前に中国と台湾が手探りで始めた「小三通」(通信・通商・通航)。
金門島などの近隣の島を小さな民間交流の窓口にしようとする政策で、
解禁から5年たった今では、中国人のツアー客が島を訪れることも出来るようになった。
観光の許可は、まだ対岸の中国福建省の人々に限られているものの、
海峡を往来する定期船は一時間に一本という便利さで所要時間は、たったの40分。
飛行機ならば、今でも香港を経由するため少なくとも3時間はかかってしまう。

そして大陸から大挙してやって来る中国人観光客は、ホテル、食事、ショッピングで
大金を島に落としていく。お互いを国と認め合わない中国と台湾だが、去年からは島で
「人民元と台湾ドル」が両替え出来るようになった。
さらに今では中国共産党の毛沢東主席(故人)が印刷された「人民元」のままでショッピングを
楽しめる店まで登場している。

「今までは島を守る軍人さんしか客がいなかったが、今では中国人さまさまです」。

これが島民たちの偽らざる「本音」のようだ。
急速な経済成長で海外旅行が出来る豊かさを手に入れた中国人。
「お金を使いたい」という猛烈な欲求が
政治的緊張が続く最前線の島を変えようとしているのかも知れない。


上海で増える日本の子供たち

(2006/11/08)


 

上海には世界最大の日本人学校がある。
「虹橋校」と今春開校した「浦東校」を合わせた児童生徒数は、2386人に上る(今月1日現在)。
かつて日本総領事館の片隅に開かれた学校は20年の歳月を刻んできた。
お祝いの式典は、晴天に恵まれ11月とは思えない汗ばむ陽気の下で行われた。
大きな声で校歌を熱唱する天真爛漫な子供たち。
我が子をビデオカメラに収めるお父さんたちの姿が微笑ましく見えた。
上海日本人学校の様子.JPG
私が式典で特に印象に残ったのは、「功労者」への表彰式だった。
上海日本人学校には現在、39人の中国人講師や事務員たちが勤務している。
中には勤続15年になるスタッフが2人もいる。
感謝状が贈られたのは、中国語の女性教員。
彼女は子供たちが中国語を習得し易い様に、自分で「教科書」を作ったのだという。
そして、子供たちの送迎を担当するスクールバスの運転手。
彼は「日本人学校の車掌さん」と紹介されて、大きな拍手を浴びていた。
日本人学校の運営は、大勢の地元中国人の力に支えられている。

日中関係は「反日」「嫌中」という言葉で形容されることも多いが、
北京五輪、上海万博というビックイベントを追い風に、日本企業の進出は勢いづいている。
30代を主流とする駐在員は家族とともに生活の場を移し、それが日本人学校に通う
子供たちの増加に拍車を掛けている。
私も30代で家族と一緒に中国に来た。週に3回来てくれる中国人のお手伝いさんは、
外国生活に不慣れな妻を助け、1歳になったばかりの娘を我が子の様に可愛がってくれる。
買い物の時には、大声を張り上げて値切ってくれる頼もしい「お母さん」でもある。
こうした中国体験をした子供たちが、文字通り「架け橋」となって未来の日中関係を
形作って行くのかも知れない。

上海支局も今年、開局10周年を迎えた。5人のスタッフのうち
私以外は全員が中国人だ。
助手の李さんは開局の準備段階からいる「生き字引」の様な存在。
運転手の包さんは控えめな人柄ながら、ここ一番の腕前は「天下一品」である。
カメラマンの王さんは支局に来てから日本語を始めた勉強家で
金正日総書記の激写に成功した「名手」。
紅一点の助手、王さんは一流大学を卒業した「秀才」で日本に行ったことがないのに、
私よりも日本の芸能事情に詳しい。情報収集力は「ピカイチ」である。

上海支局はこんな面々で毎日ともに泣き笑いしながら日本に向けてニュースを発信している。


中朝国境を渡るトラック

(2006/11/06)


 

「北朝鮮が核実験をした」。私がその一報を聞いたのは台湾に向かう飛行機の中だった。
飛行機はすでに扉を閉め、離陸体制に入っていた。
私は少し迷った後、「飛行機を降りたい」と反射的に客室乗務員に伝えた。
乗客の方々には大変迷惑を掛けてしまったが、それが私にとって国境取材の始まりだった。
私は反対の方向に向かう飛行機に飛び乗った。

中国遼寧省の丹東市は中国と北朝鮮の国境で、鴨緑江という川に架かる鉄橋を毎日、
列車とトラックが行き交っている。私が丹東を取材するのは今年3回目で、初めて訪れたのは
まだ学生だった15年前になる。
街では北朝鮮人の貿易商、トラック運転手、出稼ぎに来た女性たちを見かけ、
ホテルのエレベーターで幹部と見られる人物と一緒に乗り合わせ「何階ですか?」と
声を掛け合うこともある。
北の朝.JPG
私は北朝鮮のトラックを追い駆けてみた。目的の一つは「積荷が何かを知りたかった」こと。
そしてもう一つは「運転手たちと話しがしたかった」からだった。積荷は米、果物などの食料品や
テレビや冷蔵庫といった家電製品、他には建設用の重機まであった。
その後、私は運転手たちが集まる食堂に行ってみた。彼らは食事をしながら酒を飲んでいた。
彼らが飲むのは中国の白酒(バイジュ)という酒で、アルコール度数は40%を上回る。
私は酒を一本持って、彼らのテーブルに近づいた。

私に気付いた彼らは一瞬、怪訝そうな表情を浮かべたが、酒の助けも借りて私は彼らの輪の中に
上手く入ることが出来た。仕事のことや家族のこと。「最近生活はどう?」「まあまあだよ」、
そんな他愛のない会話で盛り上がった。
肝心の核実験については、「難しい話しは分からないな、将軍様にお任せさ」。
彼らの豪放磊落さに拍子抜けしながらも、かの国の指導者のイメージを
そのまま彼らに多い被せるのは「無理がある」と感じた。

彼らが北朝鮮に戻る時間が迫ってきた。私が酒代を支払おうとすると、彼らは「駄目だ、駄目だ」と
私の腕を掴んで離そうとしない。彼らと私の収入にはきっと数百倍もの差があるに違いない。
そんな事は彼らには知る由もないかも知れないが、素朴で無骨な彼ら人柄に親近感が沸いた。
彼らは酒をおごられたことに、とても恐縮している様子だった。

核実験の表明から一ヶ月が過ぎようとしている。今なお丹東の国境が閉鎖されたという知らせはない。
きっと彼らはきょうも、トラックを走らせていることだろう。


上海の先生曰く・・・②

(2006/10/03)


 

私の中国語の先生は年齢がひと回りも違う小姐(中国語で若い女性の意)。
小姐からメールが入った。

  小姐「足をくじいたので、きょうは授業を休みます」

最近、彼女はよく足をくじくらしい。『街中で「工事」が多過ぎて道がデコボコだから・・・』
これが彼女の分析。確かに中国経済を引っ張る上海は、いま成長の真っ只中にある。
古い町並みはあっという間に更地になり、ほんの数ヶ月で天にも届く様な高層ビルが現れる。
市の幹部と開発業者がタッグを組んで推し進める再開発のスピードは凄まじい。
去年だけで7万戸以上の家が立ち退きを迫られたという・・・。
上海支局から見える街並み2.JPG

一週間後、彼女は明るい表情で授業にやって来た。

  私 「足は大丈夫?」

  小姐「上海市の書記(中国共産党の上海トップ)が汚職で解任されましたね。
      人民のお金を悪用して私腹を肥やしたあの人は、絶対に許せません!」

治ったばかりの足をバタつかせて、彼女は真顔で怒っている。

  私 「(結構ハッキリと言うな・・)」

あからさまな共産党批判は中国ではタブーなはず。ところが今回の汚職事件で街を取材した時、
多くの人たちが「辛辣な」言葉を公然と口にしていることに私は少々、驚かされた。
「あの人の悪事は前から知っていた!」と、延々と話し続ける事情通?のナゾのおばさんにも遭遇した。

  私 「皆そんなにハッキリ言って大丈夫なの?」

そんな私の問い掛けに、彼女の答えは明快だった。

  小姐「もう捕まった後ですから・・笑」

中国では去年だけで「汚職や横領」で1万人を越える幹部を含む党員が党籍を剥奪されている。
この他、規律違反者の総数は11万人にも上り、
不正幹部の摘発を聞いて、人々が「花火」を打ち上げて喜んだ地方もあったらしい。

  私 「花火を上げて喜ぶなんて面白いね、日本では考えられないよ」

  小姐「でも、ケガをしてからでは遅いですから」

若いのに言葉のひとつひとつがとても重い、私の先生である。


上海の先生曰く・・・

(2006/09/25)


 

私の中国語の先生は、年齢がひと回りも若い小姐(シャオジェ/中国語で若い女性の意)。
キリリとしたメガネがとても良く似合う彼女が、こんな話を始めた。

  彼女「中国には世界に誇る4つの発明があります!」

彼女が続ける。曰くその4つとは、紙・印刷術・火薬・羅針盤。
プライドが高い中国人の自慢話だな・・・、そう感じながら苦笑して私は答えた。

  私 「歴史の授業で習ったよ。さすが中国5000年の歴史、やっぱりスゴイね」

ところが私の言葉にうなだれる彼女。どうも自慢したかったのではなかったらしい。

  彼女「それだけしかありません。
     自動車もテレビも携帯電話も今欲しいものは全部、外国のモノです・・・」

一言で5000年の歴史とは言うが、彼女が4大発明の話を持ち出したのは
中国の昔と今では「歴史」が途切れている・・・ということを言いたかったらしい。
中華人民共和国という国は建国から僅か57年目の若い国。歴史の授業で特に重視されているのは近代史で、抗日戦争など中国共産党の活躍ぶりが大きなウエートを占めるという。どうやら私たち日本人がイメージする中国の「歴史」とは大きなギャップがあるらしい。私は尋ねてみた。

  私 「中国政府は、唐や元や清の歴史を教えないの?」

  彼女「教えたいでしょう。でも問題があります、文化大革命を知ってますか?」

文化大革命は建国の父、毛沢東主席らが指導した政治、思想闘争。学者や教師といった知識人らが迫害の対象になり、多くの文化遺産や文物が失われたと彼女は両親から聞いたと言う。今年は文革からちょうど40年。当時学校で学ぶ年齢だった彼女の親の世代が、急速に経済発展する社会から取り残されていると彼女は話す。

  私 「もっと色々な歴史を勉強できたら楽しいのにね」

何気なく口をすべらした私の言葉に、彼女の反応は早かった。

  彼女「今の中国では歴史を勉強しても、お金儲けはできません!」

彼女の大学での専攻は「経済学」。とても現実的で聡明な私の先生である。