台湾海峡「要塞の島」に変化

(2006/11/27)


 

島の海岸線には、船の上陸を阻止するためのバリケード。
厳重な有刺鉄線の傍にはこれより先が「地雷原」であることを警告する標識が
あちらこちらに立っていて、思わず足がすくんでしまう。

この島の名前は「金門島」。
金門島海岸2.JPG

実効支配しているのは「台湾」だが中国大陸からの方が遥かに近く、
最短距離で2キロしか離れていない。
1949年に分断された中国と台湾の歴史を語る「生き証人」とも言える島

島には1958年に中国軍が大規模な砲撃を浴びせた爪跡が生々しく残っていた。
また中国のミサイル演習に対し、アメリカが空母を派遣した「台湾海峡危機」は、
今からわずか10年前の出来事にしか過ぎない。
そんな「要塞の島」で起きている大きな変化を目の当たりにした。

5年前に中国と台湾が手探りで始めた「小三通」(通信・通商・通航)。
金門島などの近隣の島を小さな民間交流の窓口にしようとする政策で、
解禁から5年たった今では、中国人のツアー客が島を訪れることも出来るようになった。
観光の許可は、まだ対岸の中国福建省の人々に限られているものの、
海峡を往来する定期船は一時間に一本という便利さで所要時間は、たったの40分。
飛行機ならば、今でも香港を経由するため少なくとも3時間はかかってしまう。

そして大陸から大挙してやって来る中国人観光客は、ホテル、食事、ショッピングで
大金を島に落としていく。お互いを国と認め合わない中国と台湾だが、去年からは島で
「人民元と台湾ドル」が両替え出来るようになった。
さらに今では中国共産党の毛沢東主席(故人)が印刷された「人民元」のままでショッピングを
楽しめる店まで登場している。

「今までは島を守る軍人さんしか客がいなかったが、今では中国人さまさまです」。

これが島民たちの偽らざる「本音」のようだ。
急速な経済成長で海外旅行が出来る豊かさを手に入れた中国人。
「お金を使いたい」という猛烈な欲求が
政治的緊張が続く最前線の島を変えようとしているのかも知れない。