「北朝鮮が核実験をした」。私がその一報を聞いたのは台湾に向かう飛行機の中だった。
飛行機はすでに扉を閉め、離陸体制に入っていた。
私は少し迷った後、「飛行機を降りたい」と反射的に客室乗務員に伝えた。
乗客の方々には大変迷惑を掛けてしまったが、それが私にとって国境取材の始まりだった。
私は反対の方向に向かう飛行機に飛び乗った。
中国遼寧省の丹東市は中国と北朝鮮の国境で、鴨緑江という川に架かる鉄橋を毎日、
列車とトラックが行き交っている。私が丹東を取材するのは今年3回目で、初めて訪れたのは
まだ学生だった15年前になる。
街では北朝鮮人の貿易商、トラック運転手、出稼ぎに来た女性たちを見かけ、
ホテルのエレベーターで幹部と見られる人物と一緒に乗り合わせ「何階ですか?」と
声を掛け合うこともある。
私は北朝鮮のトラックを追い駆けてみた。目的の一つは「積荷が何かを知りたかった」こと。
そしてもう一つは「運転手たちと話しがしたかった」からだった。積荷は米、果物などの食料品や
テレビや冷蔵庫といった家電製品、他には建設用の重機まであった。
その後、私は運転手たちが集まる食堂に行ってみた。彼らは食事をしながら酒を飲んでいた。
彼らが飲むのは中国の白酒(バイジュ)という酒で、アルコール度数は40%を上回る。
私は酒を一本持って、彼らのテーブルに近づいた。
私に気付いた彼らは一瞬、怪訝そうな表情を浮かべたが、酒の助けも借りて私は彼らの輪の中に
上手く入ることが出来た。仕事のことや家族のこと。「最近生活はどう?」「まあまあだよ」、
そんな他愛のない会話で盛り上がった。
肝心の核実験については、「難しい話しは分からないな、将軍様にお任せさ」。
彼らの豪放磊落さに拍子抜けしながらも、かの国の指導者のイメージを
そのまま彼らに多い被せるのは「無理がある」と感じた。
彼らが北朝鮮に戻る時間が迫ってきた。私が酒代を支払おうとすると、彼らは「駄目だ、駄目だ」と
私の腕を掴んで離そうとしない。彼らと私の収入にはきっと数百倍もの差があるに違いない。
そんな事は彼らには知る由もないかも知れないが、素朴で無骨な彼ら人柄に親近感が沸いた。
彼らは酒をおごられたことに、とても恐縮している様子だった。
核実験の表明から一ヶ月が過ぎようとしている。今なお丹東の国境が閉鎖されたという知らせはない。
きっと彼らはきょうも、トラックを走らせていることだろう。








