ワシントンDCに赴任して1年と10か月。
ホワイトハウス取材の要領もちょっとは分かってきたかも、と思うこのごろ。
9/11のテロ以降、主要官庁の出入りは異常なほど厳しく、
記者証取得には何か月も、記者によっては1年かかっても取れないケースも少なくない。
記者証さえ取得できれば、ホワイトハウス入り口で毎回セキュリティ・チェックを受けるものの、
記者会見場まではフリーで入れるので取材の幅は一挙に広がる。
邦人記者も苦労している人が多く、
早い段階で手に入れることが出来た私の場合、ラッキーだったと言える。
画面で見ると、深いブルーのホワイトハウスの記者会見場は立派に見えるかもしれない。
だが画面に映るところ以外にちょっと目を向けると、実は「古い、汚い、狭い」の3拍子がそろっている。
正確に言えば「・・いた。」
というのは、ブッシュ大統領の夏休み開始にあわせ、
リニューアルのための全面的な取り壊しがあったからだ。
きのうも見てきたが、会見場入り口には「作業員以外立ち入り禁止」の看板。
窓越しに見るとアスベストがいっぱい部屋の中に漂っている感じ・・。
しかも改築作業は何も進んでいないブッシュ政権だけに「ホントに復活するのか?」との
不安の声も米記者の間にはある。
最後の記者会見が行われた8月のある日、私は会見場の地下に入ることが出来た。
会見室の床の板を一枚めくると、そこからハシゴが垂直に下りている。
そのハシゴを下りてみると高さおよそ2メートルの狭い地下の空間。
上の会見室を支えるための木組みが縦横に走っている。
ちょっと珍しい体験なのでこれはニュースで放送したのだが、確かにタイル貼り。
放置されたモップには「swiming pool」の文字が!
かつてここは水をたたえたプールだったのだ。
この会見場は、評判の悪いあのニクソン時代に、プールのあった場所に作られたものだと言う。
そんな昔話を直に経験し、話すことが出来る貴重な記者がいる。
ご存じ、80歳を越えてなお現役バリバリのヘレン・トーマス記者である。
以前、ブッシュ大統領のことを「史上最低の大統領」と評価し、
3年間にわたって質問させてもらえなかった。
この話は逆に「逸話」として彼女の評判を高めた感もあるが、ホワイトハウス番記者の重鎮である。
古い会見場最後の日、記者席最前列に自分の名前入りのイスを持つヘレンは
米マスコミの注目の的。彼女を見る他のアメリカ人記者たちの眼差しは憧憬に近い。
「みんな彼女と記念撮影してる、これはチャンス!」と、つい私もパチリ!

(向かって左:阿部P 中心:ヘレン 右:筆者)。
ハッキリ言って、ヘレンは怖い(失礼!)。
アメリカン大学で過日催された討論会の取材に行った時、
テーマは「米メディアの現状を考える」ものだった。ヘレンもパネリストの1人として参加していた。
ある学生が、「どうしたらあなたのようにホワイトハウスの記者になれるのか?」と聞いた時のこと。
「好奇心です。学ぼうとする心、真実を追究しようとする姿勢です。こうしたことに興味があり、
高額な給料を望まず、1日18時間働きたいなら、是非おやりなさい」。
その表情は厳しかった。
そのヘレンはこの日、少し寂しそうだった。彼女に「最も思い出深い大統領は?」と聞くと、
即座に「ケネディよ」と懐かしそうに話し始めた。
アメリカを良い国にしようとした本物の大統領だった、と。
かたや今年になって「和解」(*ヘレンが大統領とWH番記者らが集まった宴会で
ヒラリーの物まねをしてウケた事がきっかけとの話)し、
約3年ぶりに再開されたブッシュ政権に対する彼女の質問は相変わらず厳しい。
そしていつも基本は同じだ。
「あなたたちは、なぜ、イラク戦争を始めたのか?」
・・・・・・アメリカのジャーナリズムは、まだ正常だ。









